特集 2018年2月13日

つくろう! 嵐を知らせる小瓶「ストームグラス」

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中にできる美しい結晶の形で、天気変化や嵐の近づきを知らせる小瓶があるという。

その名も「ストームグラス」。

ドラッグストアにある材料で作れるというので自作してみることにした。

果たして嵐を予知できるのか。
1978年、東京都出身。漂泊の理科教員。名前の漢字は、正しい行いと書いて『正行』なのだが、「不正行為」という語にも名前が含まれてるのに気付いたので、次からそれで説明しようと思う。

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まずは材料を紹介します

溶かす材料はこの3つ。

閉店間際のドラッグストアに駆け込んで一気に買ってきた。
急冷レスキュー用品、血圧改善の塩、タンスの防虫剤
急冷レスキュー用品、血圧改善の塩、タンスの防虫剤
よく見ると急いで買う意図が分からない組み合わせだ。
店員さんには「今すぐに血圧を冷やして下げながら、タンスの除虫をしたい人かぁ……」と思われたかもしれない。

実はオリジナルのレシピをアレンジしてある

厳密にはもちろん純正な薬品を使った方がいいんだけど、この材料だと、うまいことそれなりに必要な化学物質を得ることができる。

急冷レスキュー用品→ 硝酸アンモニウム
血圧改善用の塩→ 塩化カリウム
タンスの防虫剤→ 樟脳(しょうのう)

あとはこれに99%のアルコール(エタノール)も使う。
何かと便利なので、常備してあった
何かと便利なので、常備してあった
ところでこのレシピ、実はオリジナルをアレンジした代用レシピで、Wikipediaとかに書いてあるレシピとはちょっと異なる。

オリジナルの純正レシピだと
・塩化アンモニウム
・硝酸カリウム
・樟脳
となっているが、「硝酸カリウム」が、じつは爆弾の原料になるので、一般人ではあまり買うことができない。

というわけで、似た物質を使った代用レシピなのだが、結局水に溶かすので、「塩化」と「硝酸」とかが少し違っても大体同じものができるらしい。
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なるほど。考えた人は気が利いている。

「これ、大胆なレシピだな!」と驚いたが、そもそも血圧改善の塩とか、実は半分は塩化カリウムじゃない不純物だし、全体的にけっこう適当でいいのかもしれない。
1.樟脳13g、急冷剤の中身2.5g、血圧改善の塩4gを計り……
1.樟脳13g、急冷剤の中身2.5g、血圧改善の塩4gを計り……
2.湯せんで温めながら、水30mLとエタノール40mLを加えて溶かす
2.湯せんで温めながら、水30mLとエタノール40mLを加えて溶かす
3.できた!(なんか濁ってるけど)
3.できた!(なんか濁ってるけど)
濁ってるのは、塩か急冷剤か、どちらかに入っていた不純物だろう。(これはこのあと1日ぐらい放っておいたら沈殿したから問題はあまりなかった)

ビンがだんだん冷めてくると、最初は星のような白い結晶が下りてくる。
おお! 雪みたいできれい!
おお! 雪みたいできれい!
このビンを気温の変化がある場所にさらに2~3日置いておくと、さまざまな形の結晶が成長してくるのだという。楽しみだ。

温度変化の大きそうな窓際に置いて、翌朝まで放置してみた。

プロの魂に火が付いた

翌朝、ストームグラスはこんな風になっていた。
真っ白!!! これ失敗なのか!?
真っ白!!! これ失敗なのか!?
本心を話そう。
ぼくの職業は理科教員なのに、最小単位が1gのキッチンはかりで3gの薬品を量るという、職業人として雑すぎる作業をここまで進めてきてしまった。

「適当でいい」という噂を鵜呑みにして、雑に計量したのが白化の原因かもしれない。
やはりここは真面目にプロの道具を使おう。
職場にある超精密はかり。最小単位0.001gまで量れます。
職場にある超精密はかり。最小単位0.001gまで量れます。
樟脳も13.000gぴったり量れる! チョー気持ちいい!
樟脳も13.000gぴったり量れる! チョー気持ちいい!
第2号完成! 不純物が入るからやっぱり濁るけどね……
第2号完成! 不純物が入るからやっぱり濁るけどね……
不純物をこんなにも正確に量って、自分でもいったい何の正確さを求めているのか分からなくなってきた。

なんかモヤモヤする。

ここまで来たらせっかくだし、純正レシピに従ったものも作ってみよう。
純正の原料。実はどちらも中学1年の実験で使うメジャー薬品
純正の原料。実はどちらも中学1年の実験で使うメジャー薬品
第3号完成! さすが純正一級試薬、全く濁り無し!
第3号完成! さすが純正一級試薬、全く濁り無し!
このようにして作った3つのストームグラスを室内に置き、3~4日観察を続けた。
最初は全部真っ白だったんだけど……
最初は全部真っ白だったんだけど……
結果から言うと、それなりに成功で、美しい結晶を作る秘訣もだいぶ分かってきた。

そして「嵐は本当に予測できるのか」という件も合わせて理科室で実験したので、次ページで詳しく報告したい。
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1.白くなったのは失敗ではなかった

ストームグラスはおそらく、室温に対して極めて敏感に反応して結晶化を起こす物体で、その範囲はたぶん15℃~23℃くらいであり、2~3℃変化しただけでもかなり急にその姿を変える。
冬の日中、暖房を消したあとの変化(約3時間、5分おきに撮影)
冬の日中、暖房を消したあとの変化(約3時間、5分おきに撮影)
※フルバージョン(約8時間を5分おきに撮影)
なので、真冬の窓際とかは寒すぎたのだ。
あっという間に結晶化して真っ白になってしまうんだろう。

2.温度変化の「急激さ」によって結晶の形が変わる

というわけで反応が敏感だから、急に温度が変化すると結晶が大きく育たない。ゆっくりと温度が低下していくときによく育つように思える。
8時間ぐらい、ゆっくりと温度を下げて育てた結晶
8時間ぐらい、ゆっくりと温度を下げて育てた結晶
細やかなシダの葉みたいで、本当にきれい
細やかなシダの葉みたいで、本当にきれい
むかしの人はこの「温度変化の急激さ」を、天気と結び付けて考えたのだろうか。ならば納得がいく。

もちろん室温の変化にも対応して日々姿を変えるので、見ていて飽きることがない。

3.小瓶の中に雪が降る

基本的にこのシダの葉みたいな結晶が育つが、ときおりビンの中に雪が降るように結晶が生じることもある。
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どういう条件で降るか、よく分からなかったが、恐ろしいほどゆっくりと降っていくので、ちょっと異世界の様子を見ているような感じすらある。

水面に浮かんだ結晶から降ってくることもあり、魔術で瓶の中に雪雲が再現されたかのようだ。
タイムラプスで撮影した動画
むかしの人が「天気と関係しているかも!?」と思ったのも分かる。

4.やっぱり純正レシピの配合の方がキレイ

ドラッグストアで買える代用レシピも、そこそこいい線までいくのだが、やはり硝酸カリウムと塩化アンモニウムで作った純正レシピにはかなわない。
朝を迎えたストームグラスたち。中央の「第3号」が一番美しい。
朝を迎えたストームグラスたち。中央の「第3号」が一番美しい。
純正レシピ
・塩化アンモニウム 2.5g
・硝酸カリウム 2.5g
・樟脳 10g
・エタノール 40mL
・水 33mL
拡大すると分かる。透明度もばつぐん。さすが純正レシピ。
拡大すると分かる。透明度もばつぐん。さすが純正レシピ。
ダメだったのは適当量で作った「第1号」で、やはりキッチンはかりでこういった実験を進めるのは無理があったようである。

どうしてもキッチンで作りたい人は、誤差を減らすため、全部10倍の量にして1リットル瓶のストームグラスとか作れば、いくらかマシかもしれない。

5.嵐は、予測できるの?

Wikipediaによると、オリジナルのレシピでは密閉せず、小さな穴を開けて完成させたと書いてある。

また、「風や嵐が接近してくるときは、接近してくる方向の反対側のガラス管の壁に沈殿ができる」とも書いてある。
アンバランスに結晶が成長したときの例
アンバランスに結晶が成長したときの例
ここまで観察していて、結晶ができ始めに方向があるのは、微妙な室温の差やわずかな不溶物によるんだろうな、という気がうっすらしているが、低気圧による気圧変化で何かの現象が起こる可能性は捨てきれない。
理科室にある「簡易減圧器」の登場です
理科室にある「簡易減圧器」の登場です
というわけで減圧容器に入れてピストンでグイグイ吸引し、台風の低気圧なんか比にならない勢いで減圧してみた。

果たしてストームグラスに変化はあるだろうか。
1時間、インターバル撮影で観察
全く変化が無い!
微妙な温度変化による躍動的な変化が嘘のような、完全なるノーリアクションである。
全然変わらないよ、ストームグラス! 猛烈な低気圧来てるのに!
全然変わらないよ、ストームグラス! 猛烈な低気圧来てるのに!
実はけっこう期待していたのでちょっと残念である。
これだったら、まだおじいちゃんの古傷とか僕の偏頭痛のほうが、気圧の変化を感知してるんじゃないだろうか。

ストームグラス、少なくとも気圧変化は感知していなさそうである。
(そして多分、嵐も……)

まとめ

とはいえ、ストームグラスが美しいことに異論はない。

わずかな温度変化で姿を変えるそのようすは、インテリア品のなかでも第一級のものだと思う。

原料となる4種類の薬品の配合比も、純正レシピが唯一にして最高の解だとも思えないので、まだまだ改良の余地がありそうだ。機会を作ってレシピの改良を研究していきたい。
余談ですが、丸いガラス瓶を、陽の当たる窓際に置くと家が焦げます
余談ですが、丸いガラス瓶を、陽の当たる窓際に置くと家が焦げます
参考文献
月刊「化学」2013年(68巻)12月号
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