特集 2017年3月15日

「どうぞ、蚊帳の中へ」蚊帳の博物館で蚊帳体験

蚊帳のはじまり

展示してある蚊帳年表によると、諸説あるが、我が国での蚊帳の始まりは、紀元5世紀前後、応神天皇が巡幸の際に蚊帳をはったという記述が「播磨風土記」にあるという。
蚊帳の歴史がわかる。
蚊帳の歴史がわかる。
アメリカ独立戦争が享保の改革と天保の改革の間だというのもわかる。
アメリカ独立戦争が享保の改革と天保の改革の間だというのもわかる。
本格的に作られるようになったのは奈良時代からと言われている。
「唐から伝わった製法で絹や木綿から作られ、奈良蚊帳と呼ばれていました。室町時代になると近江(現在の滋賀県)の商人が材質を麻にして売り出した。琵琶湖の湿気が得られる近江の地は麻の加工に適していて、生産が根付いたんですね。そこから麻生地が主流になっていった」
蚊帳の製造が盛んだった頃の資料も見せてもらった。
蚊帳の生地見本。昭和はじめ頃のものと推測される。
蚊帳の生地見本。昭和はじめ頃のものと推測される。
網みのきめ細かさなど多様なバリエーションから選べる。
網みのきめ細かさなど多様なバリエーションから選べる。
「当時はまだ高級品だったからこんなしっかりした生地見本帳があったんでしょうね」
--やはり僕の記憶の中の荒井注のドラマは実在するんだ(しつこい)
株式会社山甚商店(現在の山甚産業株式会社)の蚊帳創業七十周年記念絵はがき。会社沿革によれば蚊帳帳地の縫製を開始したのが文久元年(1861年)なので1931年前後のものではないか。
株式会社山甚商店(現在の山甚産業株式会社)の蚊帳創業七十周年記念絵はがき。会社沿革によれば蚊帳帳地の縫製を開始したのが文久元年(1861年)なので1931年前後のものではないか。
武者印というブランドの蚊帳。写真から当時の蚊帳製造の様子が見て取れる貴重な資料となっている。
武者印というブランドの蚊帳。写真から当時の蚊帳製造の様子が見て取れる貴重な資料となっている。
蚊帳情報を発信しながら、菊屋では三島さんの考案した蚊帳を販売している。
--しかしこういっては何ですが、蚊帳が今、商売になるんですか?
「蚊帳をはじめたきっかけはね、そもそも私たちが売ろうとしたというより、お客様に頼まれたからなんですよ」
蚊帳を切望する声と三島さんを結びつけたのがインターネットだった。

独創的な販促、しかし……。

1978年、菊屋を創業した父が突如亡くなり、三島さんは若干22歳で店を継いだ。持ち前のアイディアとチャレンジ精神であれやこれやと販促活動を繰り広げる。これ、切り口が斬新ですばらしいのでちょっと厚めに紹介します。当時(80年代後半~90年代)のチラシより。
婚約発表記念セール!
婚約発表記念セール!
いいイラスト。治さんと朋子さんは同じ商店街で育った幼なじみ。隣の隣の隣の隣の隣の隣の家同士だ。
いいイラスト。治さんと朋子さんは同じ商店街で育った幼なじみ。隣の隣の隣の隣の隣の隣の家同士だ。
以後、お子様が生まれるたびにイベントが。
以後、お子様が生まれるたびにイベントが。
年の瀬には流行語大賞にちなんだセール企画。
年の瀬には流行語大賞にちなんだセール企画。
片岡鶴太郎の「ぷっつん価格」のインパクトときたら。
片岡鶴太郎の「ぷっつん価格」のインパクトときたら。
さらに驚愕したのが「ザ・シンデレラバーゲン」
夜が深まり深夜0時に近づくにつれ値引き率が最大5割まで上がっていくというタイムショック企画である。
わくわくする企画もコピーもすべて治さんによるもの。すごくないですか。
わくわくする企画もコピーもすべて治さんによるもの。すごくないですか。
しかし、商店街の衰退とや景気の悪化と共に売り上げは減少、ついに先代の約半分に落ち込んだ。ピンチ!
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