特集 2016年4月6日

なんと美しき寄生虫の姿!左仲博士の博物画を鑑賞する

養父もとんでもない

東京帝国大学(現在の東京大学)で病理学の学位を取った左仲は1925年、実業家の山口玄洞から縁談の誘いを受け婿養子となる。

この玄洞さんがまた傑物で、洋反物の商売で財をなして貴族議員にまでのぼりつめただけでなく、「大正・昭和の寄付金王」と呼ばれ、学校や医療、文化財に多額の寄付を投じている。

「養子の左仲にも好きなだけ研究しろと。で、新婚旅行と留学を兼ねた世界一周旅行に送り出したんです」
なんかスケールのでかい話になってきた。
なんかスケールのでかい話になってきた。
「その時に寄生虫学に関心を持って、帰国後、京都帝国大学(現在の京都大学)で講師をするかたわら、画工を雇ってたくさんの書籍や論文から引き写しをしたんです」
こうして作られた「虎の巻」(写真はもちろんその一部)製作になんと7年を要している。
こうして作られた「虎の巻」(写真はもちろんその一部)製作になんと7年を要している。
「論文の印刷なんかもかなり高品質で、自費出版しているのが結構ありますから、かなりのお金をつぎ込んでるはずです」
「自分の仕事は百年後にも残るから、最高の印刷、最高の図版を必要とする」という考えのもと、品質にだわった。
「自分の仕事は百年後にも残るから、最高の印刷、最高の図版を必要とする」という考えのもと、品質にだわった。
かっこいい。私もそんな格言残したい。
「自分の記事は百年後も残るから、最高のサーバーを必要とする」黒歴史になりませんように。

目黒寄生虫館とのつながり

1962年より左仲は研究活動の舞台をハワイに移し、現地の海産魚の寄生虫調査に取り組む。

この時ハワイに同行し、助手として採集・描画などを担当したのが、寄生虫館の創設者、亀谷了の次男で2代目館長となった亀谷俊也である。

その縁もあって、左仲の死後、彼の研究の記録や資料はすべて寄生虫館へ寄贈された。この原画もその一部なのだ。
倉庫には膨大な資料と60,000点以上の標本が収蔵されている。
倉庫には膨大な資料と60,000点以上の標本が収蔵されている。

図版っぽい楽しみ方も

--吸虫を見ていると頭のところにO.s.という文字をよく見かけますがこれは何ですか?
一番上の、ぎょろっとした目玉にも見えるところ。下にも似たような器官がある。
一番上の、ぎょろっとした目玉にも見えるところ。下にも似たような器官がある。
「Oral suckerの略で口吸盤、つまり口の回りの吸盤ですね。吸虫の多くは口吸盤と、腹部にある腹吸盤(Acet.=acetabulum)という2つの吸盤を持ち、寄生する生き物(宿主という)の消化管に吸い着きます」

分類学の図版なので器官の名称が記されているのは当然といえば当然だが、私のような素人にはこういうところも面白い。

外見が全然違うのに口吸盤(O.s.)はちゃんとあるのがいれば......。
形状は他のものと一線を画すがよく見ると「OS が!口吸盤ある!よかった。なんかうれしくないですか。
形状は他のものと一線を画すがよく見ると「OS が!口吸盤ある!よかった。なんかうれしくないですか。
逆に口吸盤も腹吸盤も無かったり。
中央の吸虫には「O.s.」も「Acet.」もない。住血吸虫といって血管内に寄生する種だ。
中央の吸虫には「O.s.」も「Acet.」もない。住血吸虫といって血管内に寄生する種だ。
たとえば今回の口吸盤(O.s.)のようにひとつの器官にしぼってそれがあるのかないのか、どこにあるのか、比較してみるのも楽しい。

吸虫よ気付きをありがとう。ときめきを運ぶよ吸虫トレイン(すいません)
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