特集 2016年3月18日

「3.11帰宅ログ」からわかったこと

こうして時間で見ると、まず出発の時間がまちまちだということがよく分かる。翌日夜が明けてから帰宅した方々の移動の速さも印象的だ。これはもちろん運行再開した電車に乗っているから。その間の深夜1時から4時までの動きが止まる様子も緊張感がある。

あと、たった23人分だが、その中の2人がすれ違っているのも、なんか感動した。まず間違いなく他人同士だ。

この「同じ時刻に同じ場所にいた」っていうことの貴重さというか、不思議さというか、そういうものを感じる。こういう状況だけに、よけいに。

友達ってすごい

この「同じ時刻に同じ場所にいることの、あらためての不思議さ」に関してすこし。というか、なんだか柄にもなくリリカルな内容と表現で申し訳ない。

デイリーポータルZの記事でしばしばぼくは「GPS地上絵」について書いている。カーナビなどに使われている、衛星を使った緯度経度を測定するGPS機器がある。これを持ち運び可能な大きさにして、自分が移動したルートを記録するのがGPSロガーというものだ。最近はスマホのアプリにも同じ機能のものがある。これを使って大きな絵を描くのが「GPS地上絵」だ。

で、この遊び以外でも、ぼくはGPSロガーを日常的に使っている。というか、ここ9年間は外出時には必ず持ち歩いている。つまりぼくの9年間の移動はすべて記録されている。
これは昨年2015年の1年間のぼくの外出記録のうち、東京を中心とした部分のクローズアップ。山手線によく乗っているのがわかる。右端は実家のある西船橋。ディズニーランドにも行ったな。
これは昨年2015年の1年間のぼくの外出記録のうち、東京を中心とした部分のクローズアップ。山手線によく乗っているのがわかる。右端は実家のある西船橋。ディズニーランドにも行ったな。
そしてぼくの友人の多くが同様に日常的にGPSロガーを持ち歩いている。

で、そういう「移動記録癖」とでもいうべき趣味を持ったぼくらのログを重ね合わせてみた。
普段からGPSロガーで外出記録を録っている友人7人の数年間のログを重ねたもの。みんな日本中色々なところに出かけている。
普段からGPSロガーで外出記録を録っている友人7人の数年間のログを重ねたもの。みんな日本中色々なところに出かけている。
これが、感動ものだった。

何に感動したかというと、それぞれ普段はまったく別の行動をしていて(あたりまえだ)、出張などもあって日本中をバラバラに移動しているのに、それがあるとき急に一点にぐわっと集まる。

まあ要するにその時間は、友人同士で集まって遊んでいるのだ。

友達同士がある同じ時間に同じ場所にいるのなんて当たり前なのだが、普段の大部分の時間のバラバラな行動の記録とセットで見ると、なんだかそれは奇跡的な出来事に思えちゃう。

「人生が交錯する」なんて言うとポエムっぽいが、世界中のほとんどの人とは会うことはなく、同時代に生まれていない人とももちろん出会うチャンスなどないことを考えると、「友達」ってわりと奇跡だと思う。

動きのあるマッピングっておもしろい

いやほんと、なんでこんなリリカルなこと書いてるんでしょうかぼくは。だいたいデイリーに似つかわしくないよね。でもきっとこういう心境になっちゃうことこそさっきの動画の効果なんだな。

ともあれ、時間経過で見ることでけっこう直感的に 「ああ、それぞれきっとそれぞれに事情があって、いろんなことを考えながらがんばって帰ってたんだろうな」というのが伝わると思う。伝わるよね? 伝わってください。

あと、マップ上を点が移動する様って 「生き物」って感じがするのもポイントだと思う。

ちなみにこれ首都大学東京の渡邉英徳さんの研究室と岩手日報社が先頃発表した「震災犠牲者の行動記録マップ」がヒントになりました。このマップは、岩手県における震災犠牲者が、地震発生時から津波襲来時までどのように行動したかを、さっきの動画と同様に時間とともにマップ上で移動する点で示したもの。
首都大学東京の渡邉英徳研究室と岩手日報社による「震災犠牲者の行動記録マップ」のデモ動画。
これを見ると確かに 「全体の傾向」はあるんだけど、同時にそれぞれが「個別」であったことに気づかされる。「動きのあるマッピング」には他の手法ではなしえない表現があるな、と思った次第。

デイリーライターの行動ログ録って、全員分をマップ上で動かしたらそうとう面白いと思う。特に平坂さんとか。

帰宅難民うんぬんより東京の不思議さが

さて、すっかりデイリーらしからぬ内容でお届けしておりますが、もうちょっとだけ。

みなさんの帰宅ログをじっくり見ていてわかったのは、帰宅難民がどうのということより「東京って不思議だなあ」ということだった。
「徒歩ルートの道路標識が欲しい」とコメントくださった方のログ。
たとえば上の方。「道路の標識に頼ったために、無駄な大回りをしてしまった」と悔やんでおられた。

これらログを見てGPS地上絵をぼくに教えてくれた石川初さんが指摘したことに「道路上にある地名の入った看板のほとんどは車のスピードに最適化されている」というのがある。

「成増 10km」というような看板が多勢で、歩行者にとって必要な「いまここがどこか」の情報はほとんどないということだ。なるほどそうだ。

いつも使っている路線の脇の道路をなるべく行こうとした方が多かったようだが、それにはおそらく2つ理由があって、ひとつはこの「いまここがどこか分からない」からだ。

というのは、道路上の標識で唯一電車通勤者にも位置情報として分かるのは「○○駅入り口」という交差点名標識だ。鉄道で都市を認識するというのは、駅名で把握するということを意味する。「弥生町1丁目」とか言われてもわからない。

駅のそばの交差点名だけが鉄道認識と道路認識をつなぐものだからそれがあるルートを選んだというわけだ。もちろんいつでも運行再開してもよいように、というのもある。

もうひとつの理由は、そもそも自宅の方向を方角で認識していない、というもの。

先日ライターの西村さんも参加して企画された「路線図をただながめて「いいねぇー」って言うだけのオフ会」でも話題になったが、鉄道路線図が、地理的方角の正確性を捨てた「ダイアグラム」であることに表れているように、電車に乗るというのは「時間のかかるワープ」のようなものだ。

つまり、ぼくら電車利用者は、距離と方角ではなく所要時間だけで都市を把握している。歩く身体ではなく、つり革につかまって立つ身体によって東京を測っているのだ。

鉄道・道路の西高東低

ということは、路線と道路が寄り添っていれば問題がないということだが、なかなかそうはいかない。特に東側は。
「246号線の存在はありがたかったです~」という方のログ。田園都市線のルートはは246号と一致しているのですばらしい。
<もどる ▽デイリーポータルZトップへ つぎへ>

デイリーポータルZを

 

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ

↓↓↓ここからまたトップページです↓↓↓