特集 2014年10月17日

工場の中を行く岳南鉄道に興奮

「くぐり線」

まずはとにかくそのすばらしい車窓風景をご覧いただこう。どーん!
工場の構造物をダイナミックにくぐっていく!千葉には「くるり線」という鉄道があるが、岳南鉄道は「くぐり線」でどうだ。どうだ、って言われても困ると思うが。
どうですか!かっこいいよねえ。こんなふうに工場の中を走っちゃう鉄道は珍しい。鉄道好きの間では有名な光景だと思うが、観光地に通じているわけでもない線なので、地元の方以外はあまり知らないのではないか。ぼくも乗ったのはおよそ10年ぶり。あらためてその素敵さを再認識したので、それをお伝えする次第だ。

とはいえ、この動画が本記事で言いたいことのすべてではある。でもそれだけではなんなのでその周辺の話もしよう。

駅舎と車両がかわいい

まずこの岳南鉄道はどこを走っているのかというと、下記の場所だ。
東海道本線吉原駅から北に向かってにょろっと伸びている(OpenStreetMapより (c) OpenStreetMapへの協力者. Tiles courtesy of Andy Allan)
東海道本線吉原駅から北に向かってにょろっと伸びている(OpenStreetMapより (c) OpenStreetMapへの協力者. Tiles courtesy of Andy Allan)
富士市のJR東海道本線吉原駅から乗り換えることができる。上の地図だと、その逆の終点岳南江尾も乗り換えられそうだが、この交わっている線は新幹線でかつ駅はない。旅行者にとっては唐突にあらぬところで終わるのもまた魅力だ。
吉原駅から連絡跨線橋が延びてます。
吉原駅から連絡跨線橋が延びてます。
行ってみるとすごくすてきな駅舎。この構造かわいい。
行ってみるとすごくすてきな駅舎。この構造かわいい。
1日フリー乗車券を買いました(結果、3往復した)。
1日フリー乗車券を買いました(結果、3往復した)。
時刻表を見るとおおむね1時間に2本のペース。下には岳南鉄道がロケ地になったドラマや映画の情報が。明日にでもここに「デイリーポータルZ」が載るわけです。
時刻表を見るとおおむね1時間に2本のペース。下には岳南鉄道がロケ地になったドラマや映画の情報が。明日にでもここに「デイリーポータルZ」が載るわけです。
15分ぐらい待ってたら到着した車両は、1両編成。
15分ぐらい待ってたら到着した車両は、1両編成。
かわいい!
かわいい!
まったく鉄道趣味の血が流れていないのがぼくの悩みなのだが、そんなぼくでもこの車両はふつうにかわいいと思った。聞けば京王線の車両を譲り受けているそうだ。

新鮮。楽しい。

で、線のすべてが工場の中ってわけではなく、ハイライトは前出の動画にもあるが岳南原田駅と比奈駅の間だ。ここ吉原からは4駅目が岳南原田。
1両編成って首都圏郊外で育ったぼくにとっては何度体験しても新鮮です。
1両編成って首都圏郊外で育ったぼくにとっては何度体験しても新鮮です。
運転手さんが停車するたびにこの運賃箱の脇に立って料金を受け取ってました。
運転手さんが停車するたびにこの運賃箱の脇に立って料金を受け取ってました。
というのも、そのほとんどが無人駅でかつワンマン運転だから。
というのも、そのほとんどが無人駅でかつワンマン運転だから。
工場はまだだが、すでに楽しい。

「工場群の中を鉄道が走っている」ではなかった!

さて、いよいよ吉原駅を出発すると、すぐ右手にいきなり工場が続き、期待が高まる。これも動画で見てもらおう。
いいですなー
さきほどハイライトはハイライトは4駅先と書いたが、このように要所要所に楽しみがある。すてきだ。


それにしても、なんでこの鉄道はこんなふうに工場群の中走っているのだろうか。

と思って調べてみたら、この疑問は順番が逆だった。
冒頭の動画の部分。見るからにかっこいい(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・CCB20101/コース番号・C25/写真番号・48/撮影年月日・2010/04 25(平22)に加筆)
冒頭の動画の部分。見るからにかっこいい(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・CCB20101/コース番号・C25/写真番号・48/撮影年月日・2010/04 25(平22)に加筆)
上は航空写真で見た「ハイライト」部分。やっぱりすごい。鉄道の上を工場の構造物がまたいじゃってるってほんとすごいと思う。この工場は富士市名物の製紙工場。日本製紙の工場だ。
富士名物製紙工場。製油所や製鉄、セメントとは異なる魅力でせまる。これは富士駅前の王子製紙(大きな画像はこちら)
富士名物製紙工場。製油所や製鉄、セメントとは異なる魅力でせまる。これは富士駅前の王子製紙(大きな画像はこちら
富士に製紙工場が多いのは、紙を作るのには大量の水が必要だからだ。っていうふうに社会科の授業で習ったのをぼんやり思い出した。今回改めて調べてみて知ったのだが、そもそも江戸時代中頃にすでにこのエリアは「駿河半紙」の生産地として名高かったという。それが明治以降の洋紙への転換でさらに工業用水が必要となり、ますますこの地が製紙の一大工業地として栄えることになる。あとは地の利もあったのではないか。ちょうど首都圏と近畿圏の間にあっていいポジションだったのだと思う。

第2次大戦中は一時重要度が低い産業とみなされたらしいが、戦後すぐに出版ブームによって再び巨大産業となる。製鉄などの重工業勃興以前からの産業としては、今にいたるまでその勢い衰えず、っていうのは珍しいのではないか。繊維業なんかと比べるとそう思う。工場の見た目は完全に重工業だしね。面白いな、製紙。

そういえば最近聞かなくなったけど、ぼくが子供の頃は「ヘドロ」っていう言葉がよく聞かれた。残念なことに水を多く使う製紙が水を汚していた歴史だ。一番有名なのは「田子の浦ヘドロ事件」だろう。1970年の訴訟だ。これがきっかけで翌年に映画「ゴジラ対ヘドラ」が作られる。昭和40年代後半は富士市は「公害のデパート」などと呼ばれていたらしい。この「デパート」って表現も最近聞かないね。舞の海が「技のデパート」と呼ばれた90年代初頭が最後ではないか。何の話だっけ。
「ハイライト」部分を中心とした製紙工場と岳南鉄道(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・CCB20101/コース番号・C25/写真番号・48/撮影年月日・2010/04 25(平22)に加筆)
「ハイライト」部分を中心とした製紙工場と岳南鉄道(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・CCB20101/コース番号・C25/写真番号・48/撮影年月日・2010/04 25(平22)に加筆)
で、上の現在の様子と同じ範囲の1961年の航空写真を見ると「この疑問は順番が逆だった」の意味が分かる。
1961年の様子。線路南側の工場がない!(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・MCB611/コース番号・C8/写真番号・28/撮影年月日・1961/05/22(昭36)に加筆)
1961年の様子。線路南側の工場がない!(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・MCB611/コース番号・C8/写真番号・28/撮影年月日・1961/05/22(昭36)に加筆)
つまり工場群の中を鉄道が走っているのではなくて、線路をまたいで工場が建ったのだ(残念ながらいつ南側の工場が建ったのかは調べ切れていないです。ご存じの方いらっしゃったら教えてくださいませ)。

こうなるとじゃあそもそも岳南鉄道はどうしてここを走っているのかが気になる。なるよね。なるんですよ。

「吉原本町」「本吉原」の秘密

ちょっと引いた範囲の1948年の様子(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・コース番号・M795/写真番号・43/撮影年月日・1948/01/06(昭23)に加筆)
ちょっと引いた範囲の1948年の様子(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・コース番号・M795/写真番号・43/撮影年月日・1948/01/06(昭23)に加筆)
調べてみたところ、岳南鉄道は1949年に東海道本線の吉原駅と市街地を結ぶ線路として始まったらしい。その市街地は吉原駅から2駅目までの吉原本町。上の航空写真を見ると分かるが、この短い区間で終わっている。これは東海道線がぜんぜん市街地じゃないところに吉原駅(当時は「鈴川駅」という名前だった)置いちゃったために、市街地とJRとを結ぶ線を作った、ということのようだ。

で、面白いのは、この市街地吉原本町がなぜここにあるのか、という理由。そりゃあ有名な旧東海道の宿場町「吉原宿」があったからだろう、とおっしゃるだろう。ぼくもそう思った。しかし実際には意外な理由がある。
旧東海道をオレンジ色の線で示した(OpenStreetMapより。加筆。 (c) OpenStreetMapへの協力者. Tiles courtesy of Andy Allan)
旧東海道をオレンジ色の線で示した(OpenStreetMapより。加筆。 (c) OpenStreetMapへの協力者. Tiles courtesy of Andy Allan)
上は現在の地図に旧東海道を描いたもの。なんだかこのエリアだけすごく内陸に凹んでるぞ。wikipediaの「吉原宿」の項にもあるが、これ、2度にわたり津波で海際のオリジナル東海道がやられて(1639年と1680年)、街道も宿も内陸に置かれるようになったためだという。「吉原本町」や「本吉原」という名前は、「オリジナル吉原」という意味なんだな。

そしてこんな風にΩ型に迂回しているので、江戸からの道中ずっと右手に見えていた富士山がここでは左手に見える場所があり、珍スポットとして名物になったという。

こうして見ると、岳南鉄道の迂回ぐあいも旧東海道に似ている。
広重が「東海道五十三次・吉原」でその「左富士」を描いている。知らなかった。
広重が「東海道五十三次・吉原」でその「左富士」を描いている。知らなかった。

かぐや姫、工場視察へ

さて、すっかり小理屈な記事になってしまった。どうして人はおっさんになると歴史を語りたくなるのか。いかんな。

さてこの日は1日乗車券を買ったので3往復もしてしまったのだが、乗ってばかりでいてもなんなので「ハイライト」である岳南原田駅と比奈駅の間を降りて歩いてみることにした。

長年の工場鑑賞経験から、ここは降りてもそれほどダイナミックに工場を見ることができるポイントはないだろうと予想していた。実際そのとおりだったのだが、でも知らない街歩くと楽しい。小理屈じゃない魅力をお送りしようではないか。
比奈駅で降りて岳南原田まで一駅工場のまわりをぐるりと歩くことにした。
比奈駅で降りて岳南原田まで一駅工場のまわりをぐるりと歩くことにした。
この駅も最初の吉原と同じ構造。この柱と屋根、ぼくはたいそう気に入りました。持って帰りたい。
この駅も最初の吉原と同じ構造。この柱と屋根、ぼくはたいそう気に入りました。持って帰りたい。
ホームから改札口までたくさんの線路を渡る。
ホームから改札口までたくさんの線路を渡る。
まず降りて印象的なのは線路の多さだ。

これらは工場のための引き込み線に関係するものだ。前述のように中心市街地と東海道線を結ぶ線として生まれた岳南鉄道だが、その後製紙工場の荷役で盛りあがる。残念ながら現在は貨物輸送は行っておらず、経営は厳しいと聞く。みんな工場くぐりを見に乗りに来るといいと思う。
「比奈」ってかわいい名前だよなあ、と思っていたら、この地名まさかの由来が。
「比奈」ってかわいい名前だよなあ、と思っていたら、この地名まさかの由来が。
そしてびっくりしたのはこの「比奈」という名前の由来。

なんとここは竹取物語が生まれた地だという。この「比奈」はそれに関係した「姫名」という言葉が転じたものと考えられているそうだ。さすがかぐや姫、かっこいい工場を見にこの地に降りてきたに違いない。視察だ。
駅からすぐにこんな構造物が。すてきだ。ぼくがかぐや姫なら「私と結婚したいならこの工場を持ってきなさい」って言うね。
駅からすぐにこんな構造物が。すてきだ。ぼくがかぐや姫なら「私と結婚したいならこの工場を持ってきなさい」って言うね。

知らない街って楽しい

すこし行くと祠とその傍らの水路、そして防音壁に囲まれた工場敷地という異業種交流会的な光景が。
すこし行くと祠とその傍らの水路、そして防音壁に囲まれた工場敷地という異業種交流会的な光景が。
さて、上のなんともいろいろ衝突を起こしている風景だ。これにぼくは興奮した。というのも、最初に地図でこの製紙工場の敷地を見た時に「ここへんだな」と思った場所だからだ。
敷地北東の部分がぎざぎざしてて何かとせめぎ合っている情勢。これの原因がこの水路と祠だったのだ。
敷地北東の部分がぎざぎざしてて何かとせめぎ合っている情勢。これの原因がこの水路と祠だったのだ。
前述した「旧東海道と同じように岳南鉄道も迂回している」の理由は、当時の市街地を結んだ結果田んぼエリアの周辺部をなぞる形になったからだ。そしてそういう古くからの集落には神社がいて、それは工場をもってしても動かすことができない。

おそらく水路のそばの守り神だったのだろう。その結果、工場が遠慮する形でこの敷地になったというわけだ。推測だけど。
すぐそばにはちゃんと神社も。
すぐそばにはちゃんと神社も。
というか、またもや小理屈な内容になってるぞ。いかんな。ほんとどうしておっさんになると古地図とか持ち出すようになるんですかね。あとぼく最近老眼がはじまったんですよ。ショック。
水路には「マイ橋」もあって楽しい。
水路には「マイ橋」もあって楽しい。
大きな通りに出ると、川の向こうに製紙工場のすてきな風景。
大きな通りに出ると、川の向こうに製紙工場のすてきな風景。
ふと横を見ると「自由墓地模擬展示」というそそられる看板。
ふと横を見ると「自由墓地模擬展示」というそそられる看板。
覗いてみると墓石展示。
覗いてみると墓石展示。
振り返ると、さっきの川岸の謎のシートの押さえ石が墓石の再利用。どうなんだこれ。
振り返ると、さっきの川岸の謎のシートの押さえ石が墓石の再利用。どうなんだこれ。
道中一番気になったのはこの「BIG FUJI」というスーパーの看板
道中一番気になったのはこの「BIG FUJI」というスーパーの看板
これ共食いキャラだよね!
これ共食いキャラだよね!
ここでも共食いキャラ出現か!そしてこの「BIG FUJI」、ホームページ見てみたら魚、ブタ、牛、野菜、と共食いキャラオールスター勢揃いでびっくりした。
という感じで楽しく散歩してたらあっというまに岳南原田まで到着。
という感じで楽しく散歩してたらあっというまに岳南原田まで到着。
いいな、と思ったのはその岳南原田駅前にある観光案内版。
いいな、と思ったのはその岳南原田駅前にある観光案内版。
なにがいいって、製紙工場を示す絵がいい。
なにがいいって、製紙工場を示す絵がいい。
ぼくはすごく楽しかったのだが、どうだろうか。竹取物語の聖地巡礼がてら工場とそれ以前の土地由来とのせめぎ合いをみなさんにもぜひ鑑賞していただきたい。
やっぱりいちばんかっこいいのは工場くぐりだよね。締めに、あらためて岳南原田駅から見た「ハイライト」部分を。車両の赤と煙突の縞々の組み合わせがすてき。
やっぱりいちばんかっこいいのは工場くぐりだよね。締めに、あらためて岳南原田駅から見た「ハイライト」部分を。車両の赤と煙突の縞々の組み合わせがすてき。

みんな乗りに行こうぜ!

前述したように、残念ながら岳南鉄道の経営は苦しいそうだ。みんなで工場見に乗りに行こうぜ。なくしちゃうなんてもったいないよ、この車窓風景。
ホームの端っこでカメラを構えて車両を待つ、ってやつをはじめてやりました。
ホームの端っこでカメラを構えて車両を待つ、ってやつをはじめてやりました。

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