特集 2013年5月28日

世界一大きなタコ、「ミズダコ」を求めて

捕らえられた宇宙人、みたいな
捕らえられた宇宙人、みたいな
世界一巨大なイカと言えばダイオウイカだ。深海の生き物なので身近とは言えない存在だが近頃は特に頻繁にメディアで取り上げられていることもあり、誰もがよく知っている。
一方で世界一巨大なタコはそこまで有名ではない。日本近海にいて、魚屋にも並んでいるのに。どんなものか見に行った。ついでに食べた。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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2年間焦らされて秋田へ!

調べてみると世界一の巨大タコは「ミズダコ」という名で、日本国内では北陸から北海道まで寒い海なら案外どこにでもいるらしい。だが特に秋田県・秋田港にはミズダコが春先の繁殖シーズンに大挙して集まるため、国内屈指の巨大タコスポットになっていると聞いた。
秋田駅前に停まっているバスには釣りキチ三平くん
秋田駅前に停まっているバスには釣りキチ三平くん
秋田は有名な「釣りキチ三平」の作者である矢口高雄さんの出身地であり、駅に降り立つとあちこちで三平くんが推されている。というわけで(ってこともないが)今回はミズダコを釣りで捕獲する。まだ冷たくて潜るわけにもいかない東北の海で漁師でもない一般人がタコを捕まえるには釣り上げるしかないのだ。
※タコ類は漁業権の関係で地域によって捕獲が厳しく禁じられている場合もあるので十分に気ぃつけてけれっす(秋田弁)!
この日は4月も半ばだったが、秋田市内にはまだちらほら雪の名残が
この日は4月も半ばだったが、秋田市内にはまだちらほら雪の名残が
ところで、秋田でミズダコが釣れるという情報を得たのは2011年の4月だった。もうその年のシーズンは終わりつつあり、予定を組むことができずに翌年に機会を持ち越した。
翌2012年は勇んで釣り船を手配したものの悪天候が重なり一度も出船できず。2013年、今年こそはと3月から何度も時間を作っては秋田行きの準備をするも、海の状況が合わずことごとく中止に。何度も何度も船長と電話越しのやり取りをしたので、一度もお会いしないうちにだいぶ親しくなってしまった。
市内散策中に「だるま納処」なるものを発見。雨ざらしなので遠目にはゴミステーションに見えたが、中にはみっちりダルマさん。
市内散策中に「だるま納処」なるものを発見。雨ざらしなので遠目にはゴミステーションに見えたが、中にはみっちりダルマさん。
度重なる延期で脳が具体的な計算を拒否するほどにキャンセルした交通機関のチケット代がかさんできた頃、ようやく出船できる運びとなった。もうタコの繁殖も終盤を迎える頃である。ギリギリセーフだ。
しかし、今年はシーズンを通して著しくミズダコが不漁で、地元の釣り人たちもお通夜ムードだという。来年に繰り越してみては?との案も出たが、イチかバチかとにかく行ってみることにした。焦らされすぎてもう我慢ができなかったのだ。
秋田で(日本で?)唯一ミズダコを釣らせてくれる釣り船「ROKUZOU(←編集者様、http://sea.ap.teacup.com/rokuzou/へリンクをお願いいたします)」さんにお世話になった。
秋田で(日本で?)唯一ミズダコを釣らせてくれる釣り船「ROKUZOU」さんにお世話になった。
タコというのはかなり水の変化にシビアで、特に真水を神経質に嫌う。そのため雨の直後や、雪解け水が海に流れ込んでいる時は目に見えて釣れなくなるという。
ちなみに出船の前日には雨が降り、春の陽気で雪解けも始まっており船長曰く「正直かなり厳しい状況」だそうだ。
堤防の周りでタコを求める
堤防の周りでタコを求める
船から釣るというとずいぶん沖へ出てしまう印象だが、この時期のミズダコは堤防にくっついているので、岸壁沿いにめぼしいポイントを流していく。
何時間も壁スレスレに船を寄せていながら、波で煽られても一度も船をぶつけないのが地味にすごいと思った。
陸からでも釣れるらしい
陸からでも釣れるらしい
堤防上にはタコを狙う地元の釣り人の姿が。この日は10人ほどだったが、海況が良い日は堤防が釣り人であふれかえるという。堤防上からの釣りは安上がりで手軽だが、効率はやや落ちるため、僕のように時間とチャンスが少ない人は船に乗った方がよさそうだ。

エサは…ザク!?

タコを釣るのは初めてだったのだが、使う道具の豪快さに驚いた。
エサのサンマは丸ごと釣り鈎に縛り付ける
エサのサンマは丸ごと釣り鈎に縛り付ける
釘かというほど太い釣り鈎
釘かというほど太い釣り鈎
遠くのタコにも気づいてもらえるようエサはできるだけ目立つようにし、仕掛けは巨大なタコが釣れても壊れないよう頑丈に作るそうだ。釣り鈎を鉄鋼所に特注する人までいるらしい。そんなに大きいのが釣れるのか。期待が高まる。
釣り具屋さんにはカニの疑似餌が並ぶ。本物のサンマより何倍も高い。
釣り具屋さんにはカニの疑似餌が並ぶ。本物のサンマより何倍も高い。
サンマの代わりにプラスチック製のカニを使う人もいるそうだ(カニはタコの大好物)。
さすがにこんなおもちゃみたいなカニより生のサンマの方が釣れるだろうと思ったが、船長曰く「どっちでも同じくらい釣れますね」とのこと。ええー。
なんでもタコは目が良いので、主に視覚に頼ってエサを探すらしい。好奇心も強いので何か「エサかもしれない物体」を見つけるととりあえず駆け寄って捕まえてみる習性があるそうだ。うーむ、目は良くても頭はそこまで良くないらしい。タコは賢い動物だと聞いていたのだが。
大量の釣り鈎を装備したザクが登場
大量の釣り鈎を装備したザクが登場
「こんなのでも釣れますよ」と船長が取り出したのはなんとプラモデル。
ガンダムをよく知らない僕でもこれはわかる。ザクだろう。
そのままでは水に浮いてしまうので、背中は浸水させるため穴だらけ。
そのままでは水に浮いてしまうので、背中は浸水させるため穴だらけ。
シャア専用を使用したのはたぶんタコが赤いものに敏感に反応するからだろう。だが
話を聞くと別に赤くないアニメキャラのフィギュアでもミズダコはバッチリ釣れたという。要するに水中で目立って動けば何でもいいのだ。
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小さいけれど釣れました

おっ!タコかな?
おっ!タコかな?
開始数十分ほどで同乗のお客さんに何かが釣れる。巨大タコ来たか!
ナマコでしたー。
ナマコでしたー。
タコではなくナマコが引っ掛かっていた。あるある。

その後もなかなかタコは釣れず、時間が刻々と過ぎていく。
が、沈黙は突然破られた。
あ、釣れてた。
あ、釣れてた。
竿先が重くなったので、岩に仕掛けが引っ掛かったのだと思い糸を手繰ると、その先には石ではなく大きなタコがついていた。あまりにあっけなさすぎる出会いだったので、タモ網で船上に引き上げるまで写真の一枚も取ることができなかった。

このミズダコは計量したところ6キロもあった。…しかし残念ながらミズダコにしてはまだまだ小物である。この釣り船では10キロオーバーはざらで、運が良いと20キロ、30キロという怪物に出会えるというのだ。今回は運がなかったが、天候に見放されていながらなんとかタコの顔を拝めたのはまだ幸いだった。
お土産にカニを持ってきてくれた。
お土産にカニを持ってきてくれた。
ここで釣り上げたミズダコからぼとりと何かが落ちた。カニだ。
何でもミズダコはハムスターがほっぺたにヒマワリの種を溜めこむように、アメリカ人が日常的にジーンズのポケットにスニッカーズを入れているように(偏見)、足の吸盤に捕まえたエサをくっつけて、いつでも食べられるよう持ち歩いているのだそうだ。そう、このカニはスニッカーズだったのだ。
仕掛けにはオモリと赤いスパンコールとサンマとカニが縛り付けられ、ちんどん屋のように。
仕掛けにはオモリと赤いスパンコールとサンマとカニが縛り付けられ、ちんどん屋のように。
ここで船長からこのカニはミズダコの好物だからエサにしてみてはというアドバイスをいただく。カニにしてみれば地獄から抜け出したと思ったらまた地獄である。地獄 to HELL。

だがこれに従ったのが吉と出たのか、その後5キロほどのものと1キロほどのもの、2杯のタコを追加で釣り上げることができた。
タコの足にはカニの他にロープの切れはしと鉄クギがついていた。食べるつもりだったのか?
タコの足にはカニの他にロープの切れはしと鉄クギがついていた。食べるつもりだったのか?
その後も船長の計らいで大幅に時間を延長していただいたが大物は姿を現さず。
それどころか僕以外のお客さんは1杯も釣れていなかった。
この状況下、初挑戦で3杯釣れた僕はかなりラッキーだったのだろう。でも後半はなんだか申し訳なくて素直に喜べなかった。内心は超嬉しかったけど。
みっちり。
みっちり。
釣れたタコはいけすで活かしたまま陸へ運ぶのだが、その方法がすごい。
魚やイカのようにそのまま放りこむと器用に蓋を開けて脱走してしまうので、潮干狩りで使うような網袋に詰めてブチ込んでおくのだ。
僕は両手に花より両手にタコの方が嬉しい系男子です。
僕は両手に花より両手にタコの方が嬉しい系男子です。
陸に戻ると船長が記念撮影をしてくれた。写真のタコは2杯で10キロほどある。男の腕なら持ち上げるのはそう大変ではないが、何度もリテイクしたのでなかなかしんどかった。
船長は「デジカメとかスマホとか機械に弱いんですよ~。すいません!」と言っていたが、「もっと高く持ち上げて!」とか「笑顔で!笑顔で!」とかこちらを地味に追い詰める要求を連発していたので、もしかするとあれはわざとだったんじゃないかと未だに疑っている。
えらいことコンパクトに梱包されるミズダコ。
えらいことコンパクトに梱包されるミズダコ。
とても食べ切れない量なので、大きな1パイを持ち帰ることにして、残りのタコは同乗した2組のお客さんにおすそ分けした。船上では僕ばかり楽しんでしまったので、せめてお家でおいしく食べてもらえるといいのだが。

ここで驚いたのがタコの梱包である。5キロ以上もある体がとても小さなボール箱に丸ごとおさまってしまった。ぐにゃぐにゃした体は生の状態だと容器に合わせて変形し、とてもコンパクトになるのだ。まあ箱の中にはみちっと隙間なくタコが詰まっているのでかなり重いが。

だがこのモバイル性は小物だから実現できたこと。本来持ち帰るつもりだった大物ならこうはいかなかっただろう。
ではその大物とはどれほど大きいのか。その姿は次ページで!!
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大物はこんなものじゃない!!

今回はこの目で見ることが叶わなかった、世界最大の名に恥じない大物の写真を船長に見せていただいた。
タコは担ぐもの。
タコは担ぐもの。

でかい。頭のてっぺんから足の先までピンと伸ばすと大人の背丈を超えるだろう。これで20キロ台後半らしい。
タコがでかすぎてマタドールみたいになってる。
タコがでかすぎてマタドールみたいになってる。
こちらは30キロ級。これくらいになると船上に引き上げる際にボートにしがみつき、船底をくぐった足の先が反対側の船べりから出てくるというB級映画みたいなことになったりするそうだ。見たい。
吸盤が恐ろしい。
吸盤が恐ろしい。
さすがに恐怖を覚える。水中で絡みつかれたら絶対に助かる気がしない。
これが日本にいるのか…。
これが日本にいるのか…。
ただでさえタコって宇宙人じみたルックスなのに、ここまで大きくなるとなおさら地球の生き物と思えなくなる。海のない国の人が見たら本気で怖がりそうだ。

写真ですらこの迫力なのだから、生で見たらさぞ興奮することだろう。ぬあーっ!悔しい!!うらやましい!!
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料理するよ

ところでこの巨大タコ、味の方も気になるところだ。
せっかく釣れたのだから新鮮なうちに食べてみよう。
流し台を占領するタコ
流し台を占領するタコ
ミズダコにしては小さいと言っても、やはり一般的にイメージされるタコをはるかに上回るサイズ。小さい方は比較のためにスーパーで買った1杯千円のマダコ。
伸ばすとサイズがわかりやすい。
伸ばすとサイズがわかりやすい。
上がマダコ、下がミズダコのくちばし
上がマダコ、下がミズダコのくちばし
くちばし(カラストンビ)の形はほぼ同じだが、サイズが二回りほど大きい。特大のものだとこれがゲンコツ大になるらしい。噛みつかれたらと思うと怖い。
塩をたっぷりまぶし…すぎた。
塩をたっぷりまぶし…すぎた。
調理にあたってはまず塩でもみ洗いしてぬめりを落とす。今回は加減がわからずやりすぎて身に塩味が少し移ってしまった。
地元の釣り人は大物が釣れたり一度にたくさん手に入ったりした場合は洗濯機で洗うこともあるそうだ。スケールが違いすぎる。
頭の皮は面白いように剥ける
頭の皮は面白いように剥ける
大きなミズダコは皮が分厚くなるので、下ごしらえの段階で剥いでしまうそうだ。今回も一応剥いてみたが、この程度のサイズならそのままでもよさそうだった。
皮を剥くと真っ白に。劇的ビフォーアフター。
皮を剥くと真っ白に。劇的ビフォーアフター。
むしろこのくらいのタコだと皮の食感が面白くて意外とおいしい。生だとニュるっとしてクニっとしていて、茹でるとプリプリしてコリコリしてジャクジャクした不思議な食感になる。
身と一緒に切ってしまうとこの食感はあまり楽しめないので、剥いて分けたのはやはり正解だったのかもしれない。
剥いた皮は茹でると縮んで椎茸のようになる。
剥いた皮は茹でると縮んで椎茸のようになる。

大物の吸盤がヤバい

先程紹介した巨大タコ写真集と一緒に、船長から衝撃的な写真が届いた。何のことは無いタコの吸盤の刺身を撮影したものなのだが、まずこちらをご覧いただきたい。
今回釣ったミズダコの吸盤。
今回釣ったミズダコの吸盤。
6キロ級のタコの吸盤の直径は指先程度であった。まあ大きいのかもしれないが、特筆するほどのものではない。一方、本記事冒頭に掲載された写真の35キロ級タコの吸盤がこちら。
台座に注目!
台座に注目!
そもそも「吸盤オンリーの刺身」というもの自体初耳なのだが、この大きさを見れば納得だ。むしろ刺身で食べるなら、さらに4等分くらいにすべきだろう。
なんせ500ミリリットルのペットボトルの底よりでかいのだ。常識外れ、規格外である。
こんな物を見せられては巨大タコへの憧憬は増すばかりではないか。

柔らかくてうまい!

いつまでも無いものをねだっていても仕方がない。ここはせっかく釣れてくれた獲物をありがたく味わわせていただこう。
刺身が無限に作れる
刺身が無限に作れる
まずは釣り船の船長や秋田の魚屋さんお勧めの刺身でいただく。ミズダコはその名の通りみずみずしく柔らかい身が特徴で、口当たりが良く刺身に適しているのだそうだ。
足1本と頭3分の1を生と湯通しで刺身にしてみたが、想像以上の量になってしまい、まともに盛りつけることができなかった。
もう一品、マリネもごっそり作った。これは単に好物だったから。
もう一品、マリネもごっそり作った。これは単に好物だったから。
食感は確かに生でも茹でてもやや柔らかく、地元の方々が言うとおり刺身に向いているなという印象だった。とは言ってもタコはタコ、生だとそれなりの歯ごたえはあるので食べ続けているとすぐに顎が疲れてくる。
火を通すと噛み切りやすくなるので、風味を楽しみたいなら生のまま、たくさん食べたいなら茹でダコにして調理するといいかもしれない。
味そのものは一般的にマダコの方が良いとされているらしいが、新鮮だったためか個人的には全く遜色ないように感じた。つまり、超うまかった。

来年こそは大物を

ミズダコはマダコやイイダコに次いでメジャーな食用タコで、日本中で流通している。なので、味を楽しむだけならそう難しくは無い。興味のある方もその気になれば割とすぐに試せるはずだ。
でも今回の取材で思い知ったのがミズダコ釣りの面白さだ。ほどよくのんびり、ほどよく集中力を使いながら最高にわくわくできる遊びだった。一発でハマった。
来年こそ大物を仕留めて、ソフトボール大のたこ焼きでも作ってやろうかと考えている。

取材協力:釣り船 ROKUZOU
http://sea.ap.teacup.com/rokuzou/

秋田駅で見かけたなまはげの顔はめ看板。なまはげさんの立場的にはこういうことして子供に親しみを覚えられるとマズいんじゃないですかね…。
秋田駅で見かけたなまはげの顔はめ看板。なまはげさんの立場的にはこういうことして子供に親しみを覚えられるとマズいんじゃないですかね…。
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