特集 2011年11月22日

後世に伝えたいどうでもいいこと

この警戒心は草食動物のそれだ

二組の結果を紹介したが、声かけはかなりの確率で失敗していた。

巣鴨の老人の警戒心は強い。男である私が声をかけるとほぼ素通りである。人は年を経るほどに警戒するようになるのか?

いや、もしかしたら警戒心が強いがために生き残ったのではないか。

生き残るのに肉食動物の強さは要らず、草食動物の警戒心のような環境に即した力が必要なのだ。草食男子は長生きすることだろう。

[参考]wikipedia「適者生存」
「インターネットの取材なんですが…」とカタカナではじめようものなら身をこわばらせて通り過ぎられる
「インターネットの取材なんですが…」とカタカナではじめようものなら身をこわばらせて通り過ぎられる

こちらも知らないことは聞き出せない

そして本質的な問題として「こちら側も全く知らないことは聞き出せない」ことがある。

例えばアレとかコレとか…と具体例も挙げられないし、相槌もうまくうてない。

もっと具体的に「○○についてどう思いますか?」って聞かないとダメですね、と古賀さんと話していたら、テレビの街頭インタビューに出くわした。手には永六輔のフリップを持っていた。

突如「具体的」の権化として現れた永六輔。巣鴨で老人に聞くこととしてはあまりにも模範例である。
おばあさんに永六輔について聞く。こんなにも具体的なことがあろうか
おばあさんに永六輔について聞く。こんなにも具体的なことがあろうか

座ってる三組目

反省をふまえて、立ち話でなく座ってるおばあさんに話を聞いた。聞く内容も少し手を加えた。

――今なくなってしまった昔のものって何かありますか?たとえば家事なんかで…

「昔と変わったもの?そうね、昔はお米を炊くにしても鉄釜でしょ、洗濯も洗濯板でさ。お水も井戸水を使ってたよね」

家事について聞く作戦はなかなかよかった。範囲を狭める必要があったのだ。

――洗濯板の時代も、重曹使うといいわよ~とかご近所さんからコツが回ってくるんですか?

「そういうのはなかったけどね。近所の人達で集まって、きゅうりの漬物でお茶飲んでたりしたね。コーヒーなんてなかったからね」

――そうか、コーヒーなかったんですね

「ないわよ、色んなものがなかったね」

やっと情報が来た。コーヒーがなかった。これは本当の意味で教科書が伝えない歴史の1ページだろう。
どうでもいいこと候補1
「昔はコーヒーが貴重だった」
そらそうだ、という話ではあるが、実際にそういう生活を想像してみるのは新鮮だ。お茶うけはきゅうりの漬物だったりする。「本当はそういうものの方がうまい」とさえ言っていた。
菊人形的な五重塔は好評を博していた
菊人形的な五重塔は好評を博していた
――井戸水って飲んだことがないんですが、ここがうまいとかあるんですか?

「あるある。うちはおいしいっていう話だったのよ。うちは二軒で一つの井戸を使ってたけど、五、六軒で一つの井戸だったりしたわね」
どうでもいいこと候補2
「井戸はここの家がうまいとかある」
東京と埼玉どっちの水道水がうまい?みたいなことが家単位である。これもそらそうだろうという範囲だが想像しなかった。
おい、あのグラスでかいぞ!
おい、あのグラスでかいぞ!
――東京ですか?

「うちは千葉の市川だったけどね、いいところでね、当時は会社は東京で市川に自宅を持つのがステータスだったのよ」

市川がステータスだったんですか!と古賀さんは驚いていた。私は全然ピンとこなかったので悪者でない。千葉、ひいては市川のみなさま、悪者は古賀だ。
どうでもいいこと候補3
「東京ではたらき、市川に家をもつのがステータス」
当時の輸送力だと郊外に家をもつパターンのちょうどいいところが市川だったのだろうか。おばあさんの地元びいき感がどうでもよさにつながっていて個人的に好きな情報だ。
さておばあさんの話のつづきである。

「昔はね、東京の空気はムッとするっていってね、江戸川渡って市川に来るとすごく空気がいいっていう人もいたわね」

そうか、空気がムッとするのって市川くらいでもうちがってたのか。
どうでもいいこと候補4
「市川に比べて東京の空気はムッとした」
これはいいどうでもよさだ。「ムッ」部分がどうでもよさを醸成している。

これが「ヌッ」でも「ペッ」でもいけない。例えば「東京の空気はペッとする」だと?ほらだめだ、気になってしまう。

「ムッ」が一番当たり前であり、どうでもいいのだ。後世に伝えるのはこれにしよう。
ということで市川駅前の観光案内所にやってきた
ということで市川駅前の観光案内所にやってきた

市川はいいところであるらしい

後世に伝えるべきどうでもいいこと「東京の空気はムッとした」を確かめるために千葉県市川駅前にある観光案内所にやってきた。

――知り合いのおばあさんが言ってたんですが、市川に住むことはステータスだったんですか?

「う~ん、当時は知らないけど市川はすごくいいところなんですよ。緑もあるし静かだし。おうちもたくさんありますしね。だから、まあ、ステータス、そうですね、ステータスだと思います。」

観光案内所の方にみなぎる市川がんばれの志も感じるが、とりあえずは確かにステータスだったようだ。
市川駅前の空気である。この匂い、もしかしてバスが近くにある?
市川駅前の空気である。この匂い、もしかしてバスが近くにある?
さて空気であるが、取り立てて変わったところもない。市川の駅前はかなりにぎやかだ。

市川が栄えたのか、東京で排ガス規制など空気に良いことが行われたのか。原因は色々あるだろうけど、やはり今はムッとしない。「昔はムッとした」のが正解だ。

駅前のアナウンスが「ガーデニングシティ市川」をガンガン案内していたりポケットティッシュに「歴史と文化のまち市川」と書いてあったり。市川は過剰に市川ラブな街だった。

あのおばあさん、案内所の方、駅前のアナウンス。全てがぐるで、今日やったことの全ては、市川の手のひらで躍らされただけなのでは?という気さえしてきた。
昔はムッとしてたであろう新宿駅前の空気。こちらもほどほどにバスくさい。 後世に伝えたいどうでもいいことは『昔は市川から東京に来ると空気がムッとした』に決定!
昔はムッとしてたであろう新宿駅前の空気。こちらもほどほどにバスくさい。 後世に伝えたいどうでもいいことは『昔は市川から東京に来ると空気がムッとした』 に決定!

嵐が来て、去っていった

さて巣鴨の現場。ようやく、ぼちぼちどうでもいい話が集まってきた。あとは数を集めていきたいところだが…

「すいません、ちょっと腰が…」

うちのエース古賀がここにきて腰をいわしてしまった。もういいっすか、もういいっすか、と連呼して「年内のあいそは全部使い果たしましたんで」と言って帰っていった。

ここまで待ち合わせてから45分である。

恐るべき速度だ。ここまで速いと感じたのは北野武を取材したとき以来である。どんな濃密な人生を送ってるんだ。

[参考]大物監督にコケる芸をならう
エース古賀ダウン。「年内のあいそは全部使い果たした」と言って帰っていった。トータル45分。早い。会話が年末モードになってるとこまで早い。
エース古賀ダウン。「年内のあいそは全部使い果たした」と言って帰っていった。トータル45分。早い。会話が年末モードになってるとこまで早い。

今のうちにどうでもいいことは聞いておこう

観光案内所では、井戸のことも調べてもらったが、現存する場所はその場でわからなかった。

そうですか、色々ありがとうございました、と帰ろうとドアノブに手をやったら、「ところでそのおばあちゃんは今もお元気なんですか?」 聞かれた。

「え?ああ、おばあちゃんね、はい、元気だと思います。」

と答えたが、巣鴨のお寺で腰を下ろしていたので元気じゃないかもしれない、でもお参りにきたくらいだから元気なのかもしれない。

元気なうちに色々聞けてよかった。聞いた内容がどうでもいいことだったのが残念ではあるけれど、元気でなにより。

今は永六輔が元気でいることを願うばかりである。
市川は東京から江戸川を越えてすぐ
市川は東京から江戸川を越えてすぐ
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