特集 2011年10月3日

京都のディープスポット・ネコと飲める店「ネコ穴」

ネコを転がしながら飲む
ネコを転がしながら飲む
僕は京都にはあまり土地勘がないのだけど、観光客視点のイメージだと、祇園界隈といえばそりゃもういわゆる「京都」イメージの代表格、そこで飲食店といえば、高級料亭?なんて思ってしまう。

そんな界隈の一角に、ひっそりと存在している飲み屋がある。そこはネコと一緒に飲める店、ただしかなりのディープスポットだというのだ。
インターネットユーザー。電子工作でオリジナルの処刑器具を作ったり、辺境の国の変わった音楽を集めたりしています。「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者。1980年岐阜県生まれ。
『雑に作る ―電子工作で好きなものを作る近道集』(共著)がオライリーから出ました!

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とにかくディープという前評判

別件で京都に行くことになったので、ついでになにか取材できないかと思い京都在住の友人に尋ねたところ、この店の名前が出てきたのだ。

なんでもネコと一緒に飲める飲み屋だそうだ。僕もネコは好きなので「じゃあそこ行ってみます」と即答。しかし返ってきた返事は「かなりディープ空間ですよ…いいんですか…」というものであった。

…そんなこと言っても自分で紹介したんじゃないか。
問題のお店
問題のお店
「スペース・ネコ穴」。
事前にネットで調べてみたところ、その店には「超常現象的居酒屋」「世界に一つだけの店」「祇園のオアシス」など、先達の手によっていちいち独創的な異名がつけられていた。それらをだいたい平均にならすと「ディープスポット」という評価で間違いなさそうだ。

若干ドキドキしながら、紹介してくれた友人に案内してもらう。当サイトライターの西村さんも一緒だ。3人で祇園の街を抜け、細い路地に入った先にその店はあった。
ハンドメイド感MAXの看板文字
ハンドメイド感MAXの看板文字
外観。一見、家っぽい。
外観。一見、家っぽい。
土間があるあたりも家っぽい。
土間があるあたりも家っぽい。
あ、こりゃほんとに家だ。
あ、こりゃほんとに家だ。

家だ

「家っぽい店」はこれまで当サイトではいくつも紹介してきたのだけど、いずれも建物だったり内装だったりが「家っぽい」というものであった。それにくらべてネコ穴は、散らかり具合や生活感、物の多さまで総力を挙げて家っぽい。かなり腰の入った「家さ」なのだ。
逆のアングルから。家っぽすぎて壁に貼られた「大衆酒場」の文字がなんかの冗談に見える
逆のアングルから。家っぽすぎて壁に貼られた「大衆酒場」の文字がなんかの冗談に見える
雑然と積まれた漫画はまさしく友達んち
雑然と積まれた漫画はまさしく友達んち
ジョッキの箸立ては友達んちを越えてもはや実家っぽい
ジョッキの箸立ては友達んちを越えてもはや実家っぽい
そしてちゃぶ台に座ってビールなんか飲み始めちゃうと、実家すらも超越してもはや「我が家」の感
そしてちゃぶ台に座ってビールなんか飲み始めちゃうと、実家すらも超越してもはや「我が家」の感
さんざんディープスポットと聞かされていたので少なからず身構えてやってきたのだが、いざ入店してみると10秒後にはすっかりくつろいでしまった。
お店のたたずまいが家なら、「あー、こんにちは」という感じで出てきたお店の人もきわめてラフ。
この雰囲気、なんというか、尻が畳にしっくりとおさまる。

ごはんが勝手に出てくる

お店にはいって一応食べたい物を聞かれるのだけど、この店では注文もなんかうやむやなのだ。
いちおうお品書きはあるのだが
いちおうお品書きはあるのだが
メニューのつもりで見ていると途中からマンガになっていたり
メニューのつもりで見ていると途中からマンガになっていたり
かと思うと実物が直接貼ってあったり
かと思うと実物が直接貼ってあったり
じゃあ蕎麦でも、と思うとこれはメニューじゃなくてネコの名前なのだ
じゃあ蕎麦でも、と思うとこれはメニューじゃなくてネコの名前なのだ
店内はお客さんが持ち込んだと思われるポスターやらビラやらの貼り紙が至る所に貼ってあって、もうどれがメニューなんだかもよくわからない。ただし、わかんなくてもなんとかなる。
だって料理は勝手に出てくるから
だって料理は勝手に出てくるから
勝手に出てきたゴーヤチャンプルー
勝手に出てきたゴーヤチャンプルー
勝手に出てきた自家製の塩辛
勝手に出てきた自家製の塩辛
同じく勝手に出てきたぬか漬け。熟成しきっていてチーズみたいな味でうまかった
同じく勝手に出てきたぬか漬け。熟成しきっていてチーズみたいな味でうまかった
厨房は圧倒的な物量で、要塞のようだ
厨房は圧倒的な物量で、要塞のようだ
最初に突き出しっぽくゴーヤチャンプルーが出てきた。それをつまみながら3人で京都の地名の話とかをしてると、軟骨の唐揚げが出てくる。これ美味いですねーとか言いながら食べてるとスルッと塩辛が出てきて、ワー気が利いてるなー、って。

そのあとイカの天ぷらが出てくると、それまで料理を作っていたお店の人がおもむろに酒瓶をつかみ、ちゃぶ台の空いてる席にすわった。
あ、飲むんだ。
あ、飲むんだ。
料理の合間にちょっと飲んじゃおうか、みたいな感じではなく、グラスにかなりなみなみ注いでいた。この方が、店主のたまさんである。
このあともタイミングをみてはちょこちょこといろんなおつまみを作って出してくれるのだが、それ以外の時間はだいたい飲んでいた。

じつはたまさんはここの2階に住んでいて、たまさんが起きてるときは店が開いてるし、寝てたりいなかったらやってない、といった具合らしい。だからこの店、家っぽいというより、ほんとに家なのだ。

建物自体は町屋を改装したものだそうで、このへんを歩いてたらたまたま見つけた物件だとか。たまさん本人も「どう見ても家なのに店舗物件になってておかしい」と思ったそうだが、結局それがそのまま自分の店になってしまった。「この店、最初からこんな感じだったんですか?」ときいたら、たまさんは「最初はもうちょっときれいでした」と笑った。
エヘヘと笑う顔が似合うたまさん
エヘヘと笑う顔が似合うたまさん
こんな具合なので店を開けててもつい酔っぱらって寝てしまうときもあり、そういうときは常連の客さんが料理を振る舞ったりするとのこと。あー、学生時代の家飲みってそんな感じだった。あれが大人になっても味わえるんだから、そりゃ居心地もいいよね。それで店だっていうんだからすごいけど。
そんな店のネコ紹介は次のページで
そんな店のネコ紹介は次のページで
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そうだ、ネコ穴だった

店のインパクトが強すぎてすっかり忘れていたが、そもそも僕はネコがいると聞いてこの店に来たのだった。
床には食べかけのキャットフードが転がっていた
床には食べかけのキャットフードが転がっていた
入店したときはネコはいなかったのだけど、たまさんが呼ぶと2階からおずおずと降りてきた。賢い。
こっちは、はなえさん
こっちは、はなえさん
こっちがオーちゃん
こっちがオーちゃん
お店には2匹のネコがいる。お店にいる、というか要はたまさんが飼ってるだけの話なのだが、「ネコ穴」という店名のとおりこの店の主役でもある。
飲み屋で暮らしてるだけあって、かなり人に対してオープンなネコだそうだ。
ちょっと触ってやるとこんなふうにフルオープンだそうです
ちょっと触ってやるとこんなふうにフルオープンだそうです
なでたい放題らしい
なでたい放題らしい
らしい、ってなんで伝聞口調なのかというと、この猫たち、この場にいた人間のうち僕に対してだけは頑として心を開いてくれなかったからだ。
ついさっきまでこんなにくつろいでいたのに、僕が近づくと
ついさっきまでこんなにくつろいでいたのに、僕が近づくと
「あ、用事思い出したわ」とばかりにスタスタと
「あ、用事思い出したわ」とばかりにスタスタと
挙句、土間で2匹そろって陰口
挙句、土間で2匹そろって陰口
俺、思わず無表情に
俺、思わず無表情に
同行の友人によると、「ネコに逃げられる人は、触るときに『触るぞ、これから触るぞ』っていう空気を出すからよくない」らしい。

なるほどーと思い、まずいったんネコの脇を通り過ぎて土間に移動、外のようすでも見るふりをして、帰り道にさりげなくペロッと触る作戦に。
ビューン!ってすごいスピードで逃げていった
ビューン!ってすごいスピードで逃げていった
そういうわけで僕にとって人懐っこいネコは都市伝説であり、この記事に出てくるネコの写真はほとんど同行の西村さんが撮ったものだ。

ネコリフト

西村さんがおもしろいことを見つけた。
はなえさんの腰の辺りをくすぐると、尻が上がるのだ。
尻が上がる!
尻が上がる!
上の写真は、ブレのせいでものすごい勢いで尻が飛び出したように見える。おかげで過剰な臨場感がでた。
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初代ネコについて

最初のページで、メニューにまぎれた「蕎麦」の貼り紙写真を貼ったのだが
再掲
再掲
蕎麦というのはこの店のオープン時にいた「初代ネコ」だそうだ。「いた」と過去形なのをきいて、ああ、死んじゃったんだな、と思ったらどうもそうではないらしい。
店内にあったネコの写真。これが蕎麦かどうかはきき忘れました…
店内にあったネコの写真。これが蕎麦かどうかはきき忘れました…
蕎麦はもともとノラ猫で、それをたまさんが保護してここで飼っていた。詳しくは聞かなかったけどたぶん店名「スペース ネコ穴」のネコは蕎麦のことなんだろう。

それがあるときフラッと出かけたきり帰ってこなくなって、ああ、どこかで事故にでもあったのかも、とたまさんは思っていた。
店内にはまだ尋ねネコの張り紙が。でも「社長」ってかいてある、別のネコか
店内にはまだ尋ねネコの張り紙が。でも「社長」ってかいてある、別のネコか
しかしあるとき、近所で蕎麦の姿を発見。無事に帰ってきた!と思いきや、しかし蕎麦は隣の家に入っていくではないか。

どうもいつの間にか隣家の飼い猫になっていたらしいのだ。
埋め草写真。僕に対して敵意を一切隠そうとしないオーちゃん
埋め草写真。僕に対して敵意を一切隠そうとしないオーちゃん
まあ無事ならいいや、という感じでしばらく過ごしていたのだけど、ある日、突然ネコ穴に蕎麦が帰ってきた。しかしどうも小汚い。皮膚病にかかっていたのだ。

一時は隣家に魂を売ったかと思われた蕎麦だったが、弱ったときに頼って来たのはたまさんのところだった。たまさんも嬉しかったことだろう。
鰹節をもらうオーちゃん
鰹節をもらうオーちゃん
たまさんは蕎麦を動物病院に連れて行った。幸い、病気はそれほど深刻なものではなかったが、治療のためにエリザベスカラーをつけることになった。
エリザベスカラーはこういうの(「ちょっと見てきて:エリザベスカラーの犬猫が見たいわ!」</a>より。マーマーさんの投稿)
エリザベスカラーはこういうの(「ちょっと見てきて:エリザベスカラーの犬猫が見たいわ!」より。マーマーさんの投稿)
すると蕎麦は大きなエリザベスカラーをつけて強くなったような気分になったらしく、性格も横柄なネコに変身。ほかのネコを蹴散らしながらネコ穴で好き放題の生活を満喫する。

そして病気が治ってカラーが外れるころ、蕎麦はネコ穴を捨てて隣家に帰っていった…。
という話を人んちみたいな店で聞く
という話を人んちみたいな店で聞く
今でも蕎麦はおそらく隣の家で暮らしているだろうとのこと。ちょっといい話なのかと思ったら、ただの都合のいい話だった。ネコ、奔放すぎる。
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熊本から来ました

この日はお店に先客がいて、一緒に飲みながらいろいろ話をさせてもらった。
よくよくきいてみると今日は熊本から来たそうで、まあ仕事のついでではあるんだけど、もう何年も、ほぼ毎月のようにここには通っているという。
どうりでこのなじみっぷり
どうりでこのなじみっぷり
実は、話をするまでずっと店の人かと思っていた。(それにしても飲んでるんだけど)
そんな常連さんに「この店の魅力は?」と定型の質問をぶつけてみたところ、「このまったり感ですね」とのこと。たしかにこの空気感は普通の飲み屋じゃ絶対味わえない。

そして話を聞いているうちにわかってきたのだけど、近辺に「この辺の界隈」とくくられる飲み屋がいくつかあるそうだ。この常連さんも、そのうちのひとつから流れてきたとのこと。いずれもこの店とはまた違ったディープさがそれぞれあるらしい。怖いもの見たさもあり行ってみるべきか迷ったのだけど、今回は時間もなかったのでやめておきました…。
この店も張り紙が妙に多かったりして、くつろいで飲んでいると、たまに
この店も張り紙が妙に多かったりして、くつろいで飲んでいると、たまに
ふと我に返って「あー、ディープだ」って思う瞬間がある。
ふと我に返って「あー、ディープだ」って思う瞬間がある。

成り行き上、レトロ

店内(家すぎてこの言葉に違和感すら覚えますが)にはところどころに懐かしいものがある。
ダイヤル式電話とか
ダイヤル式電話とか
右下に移ってるの、AIWAの3連装コンポだ(CDが3枚入る)。中学時代、家にあった!
右下に移ってるの、AIWAの3連装コンポだ(CDが3枚入る)。中学時代、家にあった!
これらは別にレトロ趣味なんじゃなくて、「電化製品が次々壊れていくんです」とのこと。仕方ないので代わりの品を人にもらったり安く買ったりしているうちに、どんどん時代に逆行していってしまい、今に至る。言うなれば、成り行きでたどり着いたレトロ。

で、ダイヤル電話になぜかすごい食いついたのが西村さん。
「これで僕のiPhoneに電話してみていいですか!!」と言い放つと返事も待たずに突撃
「これで僕のiPhoneに電話してみていいですか!!」と言い放つと返事も待たずに突撃
いや、電話なんだから普通に繋がるでしょう、とみんな呆れ気味だったが、ジリリリリリリ、と電話が鳴ると
この無垢な笑顔
この無垢な笑顔
その少年のような笑顔にみんな「よかったね」と温かい気持ちになってしまった。ほんとはおっさんなのに。
唯一ハイテクなのはComputer Room。(ただし札のみ)
唯一ハイテクなのはComputer Room。(ただし札のみ)

値段も謎のディープスポット

取材(と称した飲み会)を終え会計をお願いしたら、「じゃあ五千円で」と言われた。なんの疑問も持たずにひとり五千円払おうとしたら、なんと全員で五千円でいいとのこと。けっこう飲み食いしたのに。

一体どう計算したらそうなるのかわからない。スペース ネコ穴は、会計の計算とか、たたずまいのお店らしさとか、そういった地球の法則の外にある店なのかもしれない。
ちなみに僕はネコアレルギーなのですが、ネコがぜんぜん触らせてくれなかったおかげかこの日は大丈夫でした…。
ちなみに僕はネコアレルギーなのですが、ネコがぜんぜん触らせてくれなかったおかげかこの日は大丈夫でした…。

「スペース ネコ穴」

〒605-0822
京都市東山区下河原通
八坂鳥居前下る上弁天町428-2

※いつ開いてるかわかんないので電話してから行きましょう
TEL 075-531-4664
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