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特集


ちしきの金曜日
 
自分をさかのぼる誕生日

西ヶ原、国立印刷局東京病院。午前0時。

国立印刷局東京病院

そして30年前のこの日、ぼくは生まれた。

母親によると、生まれた場所は西ヶ原(にしがはら)にある国立印刷局東京病院というところらしい。

西ヶ原という地名は両親の会話でよくきいたけど、実際に行ってみるのははじめてだ。

母子健康手帳によると、ぼくが生まれた時刻は午前0時20分。その瞬間に病院の前にいるためには、電車で行くことはあきらめたほうがいい。

自転車で巣鴨から細い路地をいくつか入り、病院前についたころにはすでに0時近かった。


当然ながら、病院はしまっていた。

じつは事前に、病院内の撮影をさせていただけないかどうか連絡をとってみたのだけど、ふつうの昼間であっても撮影はだめです、と言われていた(それはそうですよね)。

しかたないので、近くに座れる場所を探して、0時20分の瞬間を待つことにした。


東京病院入口

ここに座ろう


病院に面した道路(本郷通り)はこの時間でもかなり交通量が多い。

すぐ近くの歩行者信号が青にならないかぎり、絶え間なく車の行き過ぎる音が響く。


ぼーっと時間をまちます

最寄の歩道橋

病院の近くには、本郷通りに一本の歩道橋がかかっている。

当時、道を挟んで歩道橋のすぐそばの団地に住んでいたぼくの家族は、ここを通って母のようすを見に行っていたらしい。

出産当日は、予定日を2週間ほどすでに過ぎていたとのことで、家族もずいぶん心配してくれていたか、と思いきやそうでもなく、4人目ということでずいぶんのんびり構えていたらしい。

じっさい、0時20分に生まれたという知らせを聞いても、家族はいそいで病院へやってきたりはせず、次の日のんびり母とぼくの顔をみにきた、と母が笑って言っていた。


0時20分になった

ぼくが生まれた時刻がやってきた。


 


今からちょうど30年前、この場所でぼくは生まれ、そしてどういうわけか30年後の今日、ぼくはここにいる。

だいぶ酔狂な育ち方をしてきたものだ、と思う。


手回しオルゴールで誕生日の曲を鳴らしてみたりするが、自動車の音でぜんぜん聞こえない。

幼き日のぼくと母。推定1才。両脇は兄と姉。


この日はちょっとだけ暖かかったとはいえ、自転車で走るにはまだまだ寒い。

むかいのコンビニで熱いお茶を買い、顔をあたためながらゆっくり江古田へ帰りました。



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