「災害のときに、動物園のトラやライオンが逃げ出したら?」という想定で行われる、猛獣脱出対策訓練。 本物の猛獣を使うわけにはいかないので、職員さんが着ぐるみを着て代役をします。その愛くるしい(?)様子が季節の風物詩のように毎年報道されるので、ご存じの方も多いはず。 今回はデイリーポータルZ取材班も密着取材。着ぐるみの中身は、一体誰だったのかが明らかに!!
のどかな動物園にて
「……ほらキミ、あれはカワセミだよ、水色の鳥が見えるでしょう?」 報道受け付けを済ませ、園内を歩いていると、見知らぬおじさまに呼びとめられた。 「私はここに通って3年だけど、まだ4回しか見てないんだよ。ラッキーだねえ、カワセミ見れて〜」 目をこらして見ると、マレーバクの横の柵に、青い鳥がとまっていた。 平日の多摩動物公園はのどかな空気だ。バードウォッチャーのおじさまと、帽子・リュック・ダウンジャケットのウォーキング好きのおばさま、そして幼稚園の子供の団体がゆっくり歩いている。
今日はここで、猛獣避難訓練が行われる。 『突風発生により、「ユキヒョウ舎」裏の高木が倒れ、放飼場フェンスが損傷。そこからユキヒョウ1頭が放飼場から脱出』という設定だ。
ユキヒョウ生着がえ
スタート地点のユキヒョウ舎に行くと、すでに報道が集まっていた。 まずは本物のユキヒョウを見る。 時間は午後1時。ユキヒョウはひなたぼっこをして、背中の毛をなめ、毛づくろいしていた。毛はフカフカで、しっぽが長い。 テレビカメラを持った人が、「これ、デカいネコだよなあ〜……」と言いながら、手をヒラヒラさせてユキヒョウの注意をひいていた。目線が欲しいのだろう。でも、ユキヒョウはちっともこっちを見てくれなかった。
「……これからユキヒョウに着替えます……え、着替え見たいんですか? ははは」 職員の声に、報道陣が駆け寄る。 ユキヒョウ舎の裏で、着ぐるみの着替えが始まる。 ユキヒョウ役の中身は、ショートカットの若い女の子であった。 着替えといっても脱ぐわけではない。動物園の制服の上に、肉じゅばんを着て、着ぐるみに足を通していく。 生着替えを黙って撮影するカメラ、およそ1ダース。 テレビ、新聞社、ロイターや、なぜかドイツのテレビ局も来ていた。どのマスコミも、顔が半笑いだ。
着替え終わると、撮影タイムが始まった。 「こっち向いてガオーってやってくださーい」「こっちもお願いしまーす」 まるでグラビアアイドルの記者会見だ。ユキヒョウは照れながら、ガオーのポーズをする。 ひとしきり撮影が終わると、彼女は質問責めにあっていた。いわゆる「囲み取材」の状態だ。 −−ユキヒョウになる練習はしましたか? 「流れを把握するために、一度これを着ました。でも特に、ユキヒョウになる練習はしていません」 −−この着ぐるみは、いつも着てらっしゃるんですか? 「これを着るのは2回目です」
他のマスコミが引けてから、私もこっそり彼女に話しかけてみた。 ーーあのう、こういうの着るのって、どうやって決めるんですか? 「…………毎回、新人がやらされるんです……」 そうなんですよアハハハと、周囲にいた女性職員たちが笑った。
「報道陣一同がこちらで待っていますから、訓練がスタートしたら、この物陰から出て、ひとつガオーッとやってください」 年配の男性カメラマンが、勝手に話をまとめて、演出を始めた。