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コネタ


コネタ863
 
中華なべで音を拾う

中華なべの真髄とは何か。
チャーハンを炒める道具か。
頭に被って時代劇の真似か。

否、と私はここで言おう。
あの半球を描くフォルム。似ているだろう、パラボラに。
中華なべを使って空中を漂う波を集めてみたい。
今回はわかりやすく、音を拾ってみることとする。

佐倉 美穂

まずは集音器作り

それは使い古された中華なべ。今回の主役だ。
パラボラ型をした鍋は、宙を漂う見えない物を集める機能に優れている。


ばっちこーい

さらに補聴器で、中華なべで集めた音を効率よく聞こうという魂胆だ。

本気で補聴器購入を考えた学生時代。
私は低い声を聞き取るのが苦手で、声優ばりのバリトン声の先生に何度も聞き返して気まずい思いをよくしていた。

そんなとき、これがあったなら。さらに鍋つきで。


憧れの補聴器が今そこに。

補聴器を固定する位置は、鍋にむかって「あーーー」と同じボリュームで声を出し、一番大きく音を拾うところにしようと思った。至って原始的である。
しかし補聴器の位置を変えてもほとんど音量に変わりがなかったため、鍋の底にガムテープを丸めて固定した。

そして今、中華なべが集音器として生まれ変わった。


地味に誕生。

 

音を聞くぞ

むっ、いい匂いがする。
見ると、鍋を貸してくれた友人が七輪でソーセージを焼いている。
早速鍋を向けると、普段なら「チリチリ」くらいにしか聞こえないソーセージの焼ける音が、バチバチと花火のような音で聞こえる。


おまえは爆竹か?

私「美味しそうな音がしているよー!!」
友「声でかいよ」

周囲が大きな音なので、自然と自分の声も大きくなってしまう。

路地に出ると音の洪水だった。補聴器単体で試した時より確実に大きい。

100m先のT字路を横切る車の音。
ちりんと音がしたと思ったら今度は自転車だ。
普段は視界から予測する音が、今は音が先にその存在を知らせる。
気配もなく後ろからクラクションを鳴らされて驚くような、そんな世界に足を踏み入れている。

更に人の多いスーパーに行ってみた。予想通り、耳にとっては凄い世界だ。


ざわわざわわどころではない

自分の靴の音すら響くというのにこの喧噪。
もうフラフラである。おばちゃん喋りすぎだよ、と思ったが、自分がこんな鍋を持っているからなのだ。なんだ、何かの修行中か、私は。

ガサガサという音がする方向に行ってみたらお菓子の詰め放題をやっていた。


袋の限界を超えて詰める皆様

鼻が利く、という表現はあるが、耳が利くとはついぞ聞いたことがない。しかし今の私はその状態だ。

食料品売り場を歩いていると、ふいにサツマイモの匂いがした。
集臭器もいいな、と思ったが、集めた臭いを鼻まで持っていく装置が思い浮かばない。それに漂っているのもいい匂いばかりではないしな。密室のおならとか。気まずいじゃないか。

商店街を歩いていても、いきなり閉まるシャッターの音にびびる。
今の私は過敏な子猫ちゃんだ。

あ、マンホール。
ここは一つ、地下を流れる水の音に耳を澄ませてみよう。


見えぬ地底に思いを馳せて

……ザァ……ザァ……

やっぱり聞こえる。すごいぞ中華なべ。
しかし離れた道路に鍋を伏せても同じような音が聞こえた。考えたら貝殻を耳に当てた時と同じような音だった。
波の音も聞けるぞ中華なべ。


さあニャアとお言い

里親募集のケージの猫、無言。
あなたの声を大音量で聞いてみたかったわ。


「あしたが聴こえる!」

駅構内にある像の名は「あしたを聴く」。
私が聞いているのは明日ではないけれど、意気込みは同じだと思いたい。

さて、ホームに入り、端で電車を待つ。


鍋を掲げて

すると予期せぬ方向から爆音がし、その音の巨大さにびびる。
違うホームを電車が通過したのだった。

少しして、待っていたホームに電車が来るというアナウンスがあった。
しかしそのアナウンスより少し前から異音がする。これは電車の音か。


すでにでかい音

近づいた電車は、予想に反して車輪の音よりも「プシュー」というブレーキか何かの音の方が大きかった。 いつもはあまり気にならなかった音だったので意外だったのと、やはりその音の大きさに驚くばかり。
集音器が拾う音域にばらつきがあるのだろうか。

ホームからエレベーターに乗ってみたが、到着のアナウンスが「大殺界でございます」と聞こえてこれまた吃驚。 
本当は「改札階」だった。
大きく音が聞こえるからといって、聞き間違いが治るわけではなさそうだ。

人の思っていることが聞こえてしまい、外に出られなくなるという物語を読んだことがあるが、この中華なべ集音器をずっと付けていろと言われたら、やはり私も外に出たくなくなるかもしれない。
そのくらい強力な音の世界だった。
やはり野山にまじって野鳥の声を拾ったり小川のせせらぎに耳を澄ませたりしたいものである。
遠出するには、中華なべ、重いですけど。

 

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