フカヒレやツバメの巣など、高級な食材を使うことも多い中華料理。熊の手の料理といったものも聞いたことがある。
そんな珍味がひしめく中、安い野菜の代表とも言えるモヤシを使った高級料理の話を聞いたことがある。その軸の中に具を詰めるらしいのだ。
本当なのだろうか。話の真偽はともかく、手軽に入手できる食材なので試してみました。
(text by 小野 法師丸)
●100円以下でできる高級中華料理
本当にそういう料理があるのか、それともいわゆる都市伝説なのか、調べた限りでは今ひとつ判別がつかなかったモヤシの具詰め。高級な食材を使うわけではないので、実際にやってみればいい。
そういうわけでまずは買い出し。近所のスーパーでは数種類のモヤシが売られていた。
普段は一番安いのを買っていくモヤシだが、今回は目的に合わせて買った方がよさそうだ。具を詰めるということで、中でも一番軸が太いものをチョイスしてみた。
それでも値段は38円。やっぱり安いな。
軸の中に具を詰めるといっても、モヤシの中がどんな風になっているかなんて気にしたことがない。水が詰まっているんだったか、それよりちょっとプルプルした感じのものが入ってるんだったか。
水洗いして、軸の断面をよく観察してみる。…うーん、中までみっしりモヤシゾーンが詰まっている感じがするのだが。
具として詰めようと思っていた細切りニンジンでつついてみたが、全然中に入っていかない。結構しっかりと中身が詰まっている。やはりそう簡単にはいかないみたいだ。
●ちまちまとした道のり
やはり具詰めモヤシは単なるうわさ話だったのだろうか。ぐいぐい詰めていけると安易に考えていたのだが、そうはいかなかった。ただ、だからといってすぐにあきらめるわけでもない。
中が詰まっているならそこに穴を開ければいい。モヤシを短く切り、つまようじをぐりぐりと突っ込んでみる。これで中に空洞ができるはずだ。
トンネルを掘る要領で、両側からぐりぐり。つまようじの太さでもかなりぎりぎりで通るという細さなのだが、なんとか穴を開けることができた。今度は具を入れることができるだろう。
やった、貫通だ!
と、思わずちょっとうれしくなってしまったが、ずいぶんちまちました料理だなと思う。本当にこれが高級中華なのだろうか。だまされてるんじゃないだろうか。
高級料理というのは別に高級な食材を使うだけが能ではない。いかに手間を惜しまずに作るかというところにもかかってくると思う。ただ、その手間をかけた意味があるのかどうかうっすら疑問ではある。
●思い込むことで湧いてくるおいしさ
それなりの本数を下ごしらえしたので、火を通す作業に移る。
フライパンに油をひいて炒める。素材そのものの味を生かすために、味付けは塩とコショウでシンプルに仕上げる。大体火が通ったところで完成だ。
これが噂に聞いた高級中華。ただ、寄って撮った写真を続けてごまかしてきたのだが、実のところ皿に盛り付けてみると、
こんな感じだ。これだけの量を仕込むのにも1時間以上かかってしまい、もう精神的に限界だったのだ。人件費という意味では確かに高級中華と言っていいのかもしれない。
早速食べてみる。……うん、モヤシのシャキシャキとした歯ごたえとニンジンの甘さが相まっておいしい。
ただそれは、別に無理して中に詰めなくても味わえることではないだろうか。始めからわかっていた疑問が今になって色濃く湧いてくる。思い出されるのはちまちまと具を詰めた日々。その苦労を思い出してモヤシを噛めば、無理にでも普通以上においしいと思えてくる。
●苦労というスパイスでおいしくなる料理
残った材料は普通に炒めて普通に食べる。うん、普通においしい。詰めたのと比べてみても遜色なくおいしい。
いや、そうやってすぐに比べるからだめなんだ。モヤシの具詰めには、費やした時間と手間というかけがえのない調味料が効いているんだ。
そう思わなくてはやっていられない料理、モヤシの具詰め。高級とは何か、ということを問いかけてくるようなそうでもないような料理である。