店頭に本日のテーマが掲げられた魚屋がある。かなり前から気にはなってはいたのだが、習字で書きなぐられたそのテーマの勢いに押され、あえて遠ざけていた。だけど行ってみるとこれがかなりはまってしまいそうな魚屋だったのでした。
(安藤 昌教)
まずは看板で引き寄せられる
実はずいぶん前から歩道にでかでかと掲げられたこの店の看板が気になっていた。看板は大人の背よりでかいのでかなり遠くからも確認することができるのだが、沿道に置かれた看板は車で走ってくると電柱にさえぎられて見えたり隠れたりする。それがかえって気になるのだ。通り過ぎる頃には頭の中はにぎり寿し8個300円でいっぱいになる。サブリミナル効果ってやつだろうか。
吸い込まれるように車を止めると、店頭に置かれた今日のテーマに目が留まるようになっている。今日のテーマ、胃袋もビックリ。
これは突っ込まざるをえないだろうと思い意を決して入ってみることにした。
意外と普通です
「へい、らっしゃい」
警戒しつつ一歩を踏み入れると、店員さんがかなり威勢良く迎え入れてくれた。実を言うと今までこの店を避けてきたのは友達からある噂を聞いていたからだ。その噂というのは「あの店はうまいんだけどオヤジが面倒くさい」というもの。ところが店頭で迎えてくれたこのおじさんは、ヒデちゃんという手書きの名札を付けていて、これがまたかなり人なつっこい。ぜんぜん面倒くさくないのだ。安心したところでヒデちゃんに聞いてみた。
「表のテーマって誰が書いてるんですか。」 「さあねえ、誰なんすかねえ、知らねえなあ。」
たぶんヒデちゃんが書いているんだろう。
立ち食いコーナーとは
店内はごく普通の魚屋なのだが一つだけ気になる点がある。店の一角に貼られた「立ち食いコーナー」という貼り紙だ。これもやっぱり習字。しかも書道の先生が添削とかに使う朱色の墨汁で威勢良く書かれていた。それにしても魚屋で立ち食いっていったい何を立ち食いできるのだろうか。
僕が躊躇していると、あとから来たおばちゃんが立ち食いコーナーで寿司を注文していた。すかさずヒデちゃんが説明している。
「寿司はねえ、今朝着いたばっかりのネタ使ってこの道20年の職人さんが握ってるからねえ、間違いないよ。」
どうやら表に貼られていたにぎり寿し8個300円、あれのことらしい。おばちゃんが食べているのをチラ見しながら順番を待って僕も立ち食い寿しを注文してみた。
本気でうまい寿しでした
出てきた寿司はマグロ、イカ、タマゴ、白子の漬け等が8貫盛り合わせてあって本当に300円だった。しかもかなり新鮮でどれもまじでうまいのだ。実は沖縄に来てからずっとうまい寿司屋を探していたのだが、なんだこんな近くにあったのか。寿司屋というか魚屋なわけだけど。
立ち食いコーナーで寿司を食べながらヒデちゃんに聞いてみた。
「これ300円で儲けってあるんですか。」 「ないよ。寿司は客寄せだね。これで刺身の一つでも買ってもらわなきゃ首つるしかないよ。」
ヒデちゃんが首つらなくて済むように、僕も新鮮そうな白イカの刺身を売ってもらった。家で食べたらこれまたとろけそうにうまかった。
完全に虜です
テーマのあるこの魚屋さんは独自の路線で攻めるお店でした。だけど安くて旨い、これ以上に何を望みましょう。テーマの意味がわからないとかそんなことはどうでもいいのです。とにかくこれから寿しが食べたくなったら迷わずこの魚屋さんに行くと思います。