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コネタ


コネタ362
 
広告が入っていない看板を鑑賞する
こういうやつ

あなたのために場所を用意してあるのに、いつまでたってもあなたは来ない。さびしい。

駅のホームやコンコースなどで目にする、広告が入っていない電照看板やポスター掲示板などの広告スペースの話である。

普段あまり気づかないが、よく観察してみると駅には意外と広告が入っていない看板がある。

今回はその「広告が入っていない看板」を収集・分類してみた。広告が入っていないさびしさしさを紛らわせるために奮闘する、男たちのドラマを見ていこう。

うそ。「男たちのドラマ」はうそです。

(text by 大山 顕

「未広告看板」を通して見える「無難」

2003年(平成15年1〜12月)の総広告費は5兆6,841億円。前年比99.7%、3年連続の減少だったそうだ(電通調べ)。この原稿を書いている時点では2004年の統計はまだ公表されていないが、オリンピックとかあったことだし、すこし回復しているのではないだろうか。

そんな広告業界の状況を反映してかどうなのか、駅の看板には広告が入っていないものが少なくない。


まるで窓から豪華な中庭を見ているようだが、これも広告が入っていない電照看板にとりあえず入れられていた穴埋めの写真。マイナスイオンの世界。【大阪駅】

入っているべきものが入っていないと、なんかさびしい。見てくれもあまりよいとはいえないし、あまりに空きスペースが目立ちすぎると、「広告媒体としての魅力に欠ける」ととらえられ、ますます広告が集まらなくなるという悪循環におちいりかねない。

という分析が正しいのかどうなのかは分からないが、とにかく看板提供側は広告が入っていないスペースをそのままにはしておかない。とりあえずなんか見せておく。

そしてそのとりあえずなんか見せておくものは、さびしくなっちゃいけないが、本来の広告より目立っちゃいけない。

そう、未広告看板(広告が入っていない看板のこと。ぼくがいま名づけた)には「無難」が求められるのだ。

未広告看板を通して見えてくる「無難」のイメージ。以下からはその「無難」を分類してみようと思う。

 

花タイプ

無難といえば花。無難界の王道である。

適度な華やかさと無視されやすさを兼ね備えた、花。一見矛盾するように見えるこの2つの機能を両立させる花は、まさに大自然が作り出すマジックと言っていいだろう。

プレゼントに困ったらとりあえず花を贈ればいい、という真理と未広告看板の穴埋めに困ったらとりあえず花の写真を飾ればいい、という真理はつながっている。たぶん。

しかし、分かっていてもなかなか花は贈りづらい。一口に花と言っても、何の花をどういう組み合わせでアレンジするか、どういうタイミングで渡すか、リボンの色は…、などそれほど簡単な作業ではないからだ。


↑ケース01 「とりあえず感」ただよう名作【京都駅】

同じように未広告看板にどのような花の写真を入れるか、も簡単ではない。ケース01はその点、うまいことやっている。一本の花にクローズアップすることなく、模様としての花群。なかなかの無難プレゼンである。

花のチョイスも心憎い。いきなりバラとか贈っちゃう男子中学生のようなことはしてはならない。ここで目指すべきはあくまで「無難」なのだ。ベッドインじゃない。バラでベッドインも難しいとは思うけど。


↑ケース02 「明日までになんか入れるもの作っといて」って言われて2時間で作った、みたいな出来映え【森之宮駅】

一方ケース02は、バラこそないものの、アレンジメントに難ありだ。ひまわり、チューリップ、あじさい、菜の花…。四季折々と言えば聞こえはいいが、とっちらかった印象を受ける。無難と呼ぶにはあまりにも迂闊なフラワーアレンジメント。

「華道」というものがあるわが国で、この体たらくはまことに遺憾である。

 

↑ケース03 面白みの無い安定した構図があなたを無難の世界へといざなう【梅田地下街】

風光明媚タイプ

無難の2番手は、風光明媚な自然の風景である。花と並んで素材集などでもよくおなじみのジャンルだ。

駅のホームや地下道で出会う大地と空ときらめきのパノラマ。よく考えるとおかしいんだけど、人は地下道でよく考えたりしない。

ケース03をご覧いただこう。地平線まで青々と続く草原。その向こうには赤い屋根の建物と山並み。そして、ぽっかりと浮かんだ白い雲。画面を大地と空とでちょうど2分割するという、面白みの無い安定した構図があなたを無難の世界へといざなう。未広告看板の名作と言っていいだろう。

↑ケース04 絵に描いたような風光明媚。きらめくばかりの無難【京都駅】

ケース04は森に囲まれたお花畑。その中に伸びる一本の道。きらめくばかりの無難。

↑ケース05 左右の余白がポイント。まさに、穴埋め【東京駅】

一方、ケース05は清涼な流れをフィーチャーしたタイプ。

ケース03や04などの静的な風光明媚にくらべるとダイナミックな絵作りが人目を引いてしまいそうだが、心配はご無用。フレームのサイズにあっていない左右に寸足らずの写真が「これは穴埋めなんですよ」というメッセージを存分に伝えている。無難上級者の手による作品であろう。

 

観光地タイプ

風光明媚タイプに近いのがこの観光地タイプである。実際、観光地タイプは風光明媚タイプに含めるべきだという未広告看板研究家もおり、いまだ見解が統一されていないのが現状だ。ほんとか。

風光明媚タイプが「どこにでもありそう。でもどこかはわからない」アノニマスな風景であることに心血を注ぐのに対し、観光地タイプは一目でどこの風景か分かる題材を選ぶ。おのずと実現される「無難」の方向性が大きく違ってくる。

より分かりやすい例としては画面内に地名が記されているものもみられるので、初心者はそれを目印にするとよいだろう。


↑ケース06 まさに日本が生んだ未広告看板の侘び寂び世界【京都駅】

ケース06は観光地タイプの典型例。奈良のお寺をモティーフにしたもの。絵葉書のような無難な構図が、祈りにも似た無難の境地に見るものをいざなう。無視されることを前提とした写真という禅問答のような未広告看板の存在をお寺によって表現。

存在することは空虚なり。まさに日本が生んだ未広告看板の世界と言えるだろう。未広告看板先進国と言われるゆえんである。


↑ケース07 並べてはあるが平行法とかで立体に見えたりはしない【梅田地下街】

ところ変わってケース07は海外の観光地の風景。ベニスである。たぶん。ブルーに色あせた写真が長らく広告が入っていないことをうかがわせる。

ここでの見所は左右で大きさの違うスペースであるにもかかわらず、まったく同一の水上風景をはめ込んでいる点である。

一見投げやりとも感じられるこの並べ方だが、そもそも未広告看板に投げやりもなにも無い。気合を入れるものではないのだ。人気観光地ベニスへの旅心をかき立てないための投げやりプレゼンと解釈したい。


↑ケース08 中途半端で冴えない構図が遺憾なく無難を表現【東京駅】

ケース08は絵的には風光明媚タイプと見分けがつきづらいが、画面右下に観光地名が記されている点を参考にしていただきたい。見広告看板鑑賞が初めての方にも分かりやすい入門編である。

手前の白樺並木と水辺、山並みとのバランスがなんとも言えず中途半端だが、冴えない構図が遺憾なく無難を表現。未広告看板界の白樺派と呼びたい。




 

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