インド式数学というものがある。 この方法論を使えば、二桁の足し算引き算はもちろん、三桁の掛け算だって暗算で、まるで1+1を解くようなスピードで答えを導くことができるらしい。
ただし方法論を理解するまでは若干ややこしい。
そこで、インドに行ってインド人に直接インド式数学を学んでみようと思う。インド式と言うくらいなのでインド人なら分かりやすく教えてくれるはずだ。
インド式への道
6月の終わりに編集部安藤さんから連絡があった。「インドに行きませんか?」とまるで、梅雨のジメジメを吹き飛ばすかのような晴れやかな声の連絡だった。もちろん僕は「行きます」と答えた。断る理由が無い。カレーを食べたいし、ガンジス川で泳いでみたいとも思ったのだ。
インドに入国するにはビザが必要なので、都内(茗荷谷)にあるインドビザ申請センターにビザの申請に出かけた。簡単な書類と写真を持っていけば取得できるので、別段難しいことはなく、また若い女性も申請に来ていたので、インド旅行への楽しみは、離陸する飛行機のように盛り上がっていった。
詳しく安藤さんから話を聞けば、まずドバイに行って、インドのバンガロールというところに行くとのことだった。だからチケットを取っといてと言われ、初めてトルノスでチケットを取ったのだけれど、小一の計算ドリルを解くくらい簡単に取れてしまった。これも手伝ってか、今回の取材は楽しそうだな〜と思い込んでしまった。
空港に向かう途中でドバイのガイドブックを見ると水辺に船が浮かんだ綺麗な夕日の写真が載っていた。楽園という言葉がしっくり来る感じだ。
インドのガイドブックは僕らが行くバンガロールについては540ページ中6ページしか載っていなかったけれど、IT産業の中心地らしく、これまた一般に知られるインドとは別の顔が見れそうで胸が高鳴った。
だまされてインド式
空港で安藤さんと落ち合い、さて、と言わんばかりに安藤さんが向こうでのスケジュールを話しだした。「まずドバイでは砂漠で干物を作ります」。見ず知らずの人にいきなりビンタをされたような衝撃。楽園という言葉が膝から崩れ落ちた。
砂漠にはどうやって行くんですか? と聞きいたら「飛行機に乗ってから調べます」と安藤さんは続けた。僕の楽しそうだな〜という思い込みも膝から崩れ落ちた。
インドは? と僕が聞くと、「インド式数学ってのを聞いてきてください」とインド式数学の本を渡された。本があるならそれを読めばいいじゃない、と思ったけれど、現地で聞かなきゃ、と安藤さんは突っ張り棒のように力強い。砂漠と数学、どちらもガイドブックには載っていなかった目的だ。
電卓を使えばいいんじゃないですか、という僕の提案は、耳栓をして寝ている人のように無視された。届かない僕の声。一旦、友好的に話し合いましょうと言いたかったけれど、番号を打ち込むだけで発券されるeチケット。必要ない早さ。もう行くしかないのだ。不安もスピーディーに募っていった。
ドバイへ、そしてインド式へ
エミレーツ航空でドバイへと向かったのだけれど、機内食は美味しいし、カップヌードルは食べ放題。乗り心地もいい。その結果は楽しいである。さっきまであんなに不満を垂れていたのに、食べ放題でこんなに機嫌がよくなるなんて自分が嫌になるな〜と思いながらも幸せだった。
ドバイでは予定通り干物を作った。不安はあったがやってみると楽しかった。また砂漠は初めてだったのだけれど、見渡す限り砂で、日本ではそう見れるものではなく、心のどこかを突くような間違いなく人生で見ておく景色のひとつだった。
しかしである。 砂漠の熱風にやられてか僕は嘔吐していた。このままでは脱水症状になると思い水を飲むとまた嘔吐。吐いては飲んで、飲んでは吐いて、という世界有数の無駄なことを繰り返していた。一方、安藤さんは夏休みの小学生のように元気。世の中不公平だ。逆じゃない! と思っていた。
さらにこの後、僕は風邪をひく。ドバイからインドに向かう空港では立っていられないくらいで、つたない英語で自分の状態を伝え、薬局で風邪薬を買った。買った薬は駄菓子屋で売られているお菓子のような分かりやすい緑色をしていた。
これ大丈夫なんですかね? と安藤さんに聞くと「アハハハ」と文字に起こしやすい、これぞ笑い声! みたいな笑い声をあげていた。もし僕の隣に親がいたら一悶着あったと思う。実際はこの薬がよく効いたのだけれど。
ドバイの空港はWi-Fiが飛んでいたので、スマホで「インド 黒魔術」と調べたのはここだけの秘密だ。ちなみにあるそうだ。僕の中ではインド式数学ではなく黒魔術に興味を持っていかれたけれど、インドに着いたら薬のおかげか、すっかり元気。
さらにカレーを食べましょう、と安藤さんに言われて入った店のカレーが美味しくて、すっかり機嫌もよくなった。食べ物ひとつで機嫌がよくなるなんて自分が嫌になるな〜と思いながらもやっぱり幸せだった。