髪の毛を引っ張りすぎてしまっていた
安藤さんは相当痛かったのに、僕が遠慮して切りにくくなるんじゃないかと我慢してくれていたのだ。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
しかし、頑張りの甲斐あって(主に痛みに耐えた安藤さんの頑張り)、頭頂部とサイド、えりあしのボリュームが軽くなり、全体的にサッパリした印象になってきた。
前髪は大事にカット
残るは前髪だが、これが最大の難関。顔の印象は前髪でかなり変わってしまう。
ここがニノの分岐点といってもいい。
安藤さんをかっこよくしたい気持ちは本物の美容師にだって負けない。ただ、スキルが追いついてないだけだ。
スキル不足をまごころでカバーしつつ、丁寧に前髪を切っていく。
湧きおこるイマジネーション
もうだいぶいい感じにななってきているのだが、切っていると、やめ時がなかなか分からなくなる。
切り進めるうち「もっとかっこよくしたい」という身の程知らずな向上心が湧きおこってくるのだ。
ただ、そんなクリエイティブはここでは求められていない。安藤さんは、ただ無難にまとめることを願っているだろう。
うん、男前だわよ〜
完成
時計を見ると、切り始めてから1時間が経過していた。夢中になりすぎだ。
僕の集中力もさることながら、安藤さんのストレスはもっと限界に近いだろう。少し名残惜しいが、このへんで切り上げることにした。
さて、どうなったかというと。
なかなかさわやかな印象に仕上がったと思う。
初めてにしては満足のいく出来栄えだ。だが、肝心なのは切られた当人の評価だ。
― 安藤さん、出来栄えはどうでしょうか?
「かなり軽くなりましたね。これならこのあと美容院行かなくて済むかもしれません」
― あ、やっぱり美容院で切りなおす気だったんですね。
「はい。数年ぶりの坊主を覚悟してました」
― もしよかったら、僕の髪も切っていいですよ。
「いやー。僕は男の髪とかさわりたくないので、べつにいいです」