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フェティッシュの火曜日
 
珍書・奇書を出し続ける出版社
「あなたも仙人になれる?!」って帯だ

月にいちど、「おまかせ書店」という企画をUSTREAMで実施している。

「1000円で仕事に役立つ本」や「2000円以内で彼女が家に来たときにテーブルの上にあるとかっこいい本」などのリクエストに応じて本を送る企画だ。立川にあるオリオン書房ノルテ店を閉店後借りて行っている。

ちょっと狙って変わった本を選んだりするのだが、そうすると特定の出版社ばかりになることに気づいた。

国書刊行会という出版社だ。

林 雄司

変わった本を選ぶとたいてい国書刊行会

11月のUSTREAMできちんと紹介したのは20冊程度なのだが、そのうち3冊が国書刊行会の本だった。約1/6が国書刊行会である。メジャーな出版社をさしおいてこの比率の高さはなんなのか。

オリオン書房はよそで見かけない本が多いので買って帰ったり、気になってあとから買うことが多い。そうして買った本を家で見返してみたらやっぱり国書刊行会だった。

「巨人」(ジャン=パウル著)オリオン書房で10年間いちども売れなかった本(でもいい本だから置き続けると宣言)
横尾忠則のY字路写真集
世界の市場のビジュアル本
林がオリオン書房で気になって買った本。

いちど話を聞かなければならないだろう

今回取材に対応してくれたのは編集部の課長 竹中朗さん、樽本周馬さん。我々は林と今回の取材をコーディネートしてくれた道場主・石原たきびさんである。

左から、竹中さん、樽本さん

−−−どういう経緯でこういう本ばかり出しているのでしょうか。変わった出版社と言っては失礼ですが…。

竹中「いや、変わってる。一編集者一出版社みたいな会社なので、編集者がそれぞれがジャンルを持って出しているような感じですね。だから妙に社風がなくて、わけのわからん本が出ている。」

−−− こういう本を出したい、という会議があるんですよね?

竹中「会議はね、うーん、あるようで、ない。いわゆる出版社であるような営業と編集が集まってうんうんやるようないわゆる企画会議、というのはないよね。」
樽本「編集長と一対一でどうですかね、って話をして、そこでダメならけんかするなり口論するなりして形を変えて通るまで出す」
竹中「だからボツになった企画ってないんじゃないかな? あ、ほんとに全然知らない外国の作家の全集とかはボツになりますね。でもそういうの昔出たことがあったな。ほとんど無名の日本人作家の全集なんだけど、編集者が辞める前にこれだけは出させてくれってものだった」

これは図書館向けにと営業部が企画した書籍。むかしの軍服の辞典。
こんな資料集見たことがない。

明治にあった会社名をもらう

−−− 会社はできてどれぐらい経つんでしょうか

竹中「会社は来年で40年。前身は印刷屋さんだったんですよ。うちの社長がよその会社の復刻版を刷ってるのをじっと見てたら、これおれでもできるんじゃないかと思ったらしい。復刻版は刷ってるだけだから、業者みたいになっているのはおかしいぞ、と。おれもやってやろう、で始まった。

だから最初はもっぱら復刻版。気づいたら印刷のほうが小さくなって、印刷やめて出版社になっていた。」

−−− 国書刊行会という名前はどこから?

竹中 「明治のころに同じ名前の版元があって、それも江戸期の有名な本を復刻して出すことをやっていた。それをいただいた。

やってることも名前も同じ。なおかつ、明治の頃に国書刊行会が出した本を復刻して出しているという入れ子構造になってる。会社名も復刻した、みたいなものですかね(笑)

おかげで勘違いしている人が多くて、明治からずっと続いている会社だと思っている人が多い。」

樽本 「歴史系の研究者はむかしの国書刊行会の本を使ってる人がいて、古い会社にいるね、なんて言われたり。あえて否定はしませんけどね。」

いまは刷るだけという復刻版はやってないそうだ。むしろ別冊をつけたり当時の姿を推定して再現したり、ふろくも復刻してつけるなど「逆説的だけど当時のままにするために編集している」と話していた。たしかにいまの復刻版を見せてもらったが新しい本のように(新しい本なんだけど)ピカピカだった。

それいゆ 1950年代の少女雑誌の復刻版
1933年に出版された写真集。表紙がアルミ板。35,000円

変わった本を出すようになった転機

竹中「転機になったのが世界幻想文学大系なんですよ。」

注:世界幻想文学大系。アメリカ・ヨーロッパの幻想文学全集。箱に入って45巻ある。

「ある日、紀田順一郎さんと荒俣宏さんが企画書を持ってやってきて。どの出版社でも断られた企画書なんですが、それをうちが45巻一気に出したんです」

−−−売れたんですか?

竹中「いや、全然売れてないです。ただ、日本の海外文学の出版において、これを出したことによって、うちが先駆的なものを出すということになっちゃったんですよね。」

その後も外国文学は国書刊行会の幹としていまも続いているとのこと。著名な外国人作家の作品でも最初は国書刊行会から出ることが多いのだ。

これが売れなかったけど転機になった世界幻想文学大系

ものすごく変わった一面

竹中 「うち、仏教の本も多いんですよ。創業時の復刻版がひと段落したときに法名戒名の辞典出したらそれがばか売れして。お坊さんが法名戒名を決めるときの参考にする本です。

仏教書だと売り先がはっきりしているし(お寺です)、DMを送って直接取引で。お寺さんって立派な本を蔵書にしたいってニーズがあるので箱に入った本は人気だったんですね。

これは立派な装丁ですがビジネス書みたいなものです」

と言って見せてくれたのが勧募文例大事典(かんぼぶんれいだいじてん)。

仏教の研究書みたいな名前だが…。
あ、檀家さんへの手紙の文例集!

「檀家さんに送る手紙のテンプレ集です。いまは仏教書の版元さんが類書を出して値崩れしているからうちはもうやめたけど。

こういう仏教書をやって、その横で細々と海外文学をやっていたわけです。」

ちなみに勧募文例大事典は3刷であった。28,800円なのに。

 

お寺相手のビジネスが加速する

お寺あいてのビジネスは書籍にとどまらず物品に広がっていった。かつて国書刊行会には物品を扱う部署があり、そこから送っていたDMを見せてもらった。珍しくて良書を出す国書刊行会のイメージを覆す物品の数々。

賽銭箱用警報機
住職専用の頭剃りシェーバー。イラストは樽本さん。
電気で暖かくなる座ぶとん。「寒中の勤行が楽になります!」
袈裟が濡れない大きな傘。ジャンボくん。

住職専用の早剃りくんは売れたそうだ。ものとしてはアメリカ製のヒゲ用シェーバーなのだが、ヒゲの硬いアメリカ人用のシェーバーは頭を剃るのにぴったり、とのこと。

賽銭箱用警報機はいまいちだったらしい。

樽本 「なぜ売れなかったか分からないけど、賽銭泥棒って言うほどいないんじゃないか、という説もありました」

賽銭泥棒ってまんがのなかだけかもしれない。

国書刊行会が出版した本の一部。ユーモア大百科から利根川荒川大辞典まで見事にジャンルがばらばら。

 

実用書・健康法の本はあるのだろうか

去年、フリーというビジネス書が売れたが、あの本は高い、分厚い、翻訳本という売れない本の三要素を満たしていたという話を聞いた(でも売れた)。

竹中「うちはそんなのばっかりですよ(笑)。最初に世界幻想文学大系をやったので箱入りとかシリーズものに免疫ができている。シリーズにすると営業もいちいち説明しないで、次でましたよって言えばいいし。書店さんもシリーズ並べた棚に1冊欠けると気持ち悪いので揃えてくれる。」

−−−健康法や実用書はないんですか?

樽本「健康法の本は……ないですね。仏教の長寿の本ならありますよ。」

帯に健康法とあるけどほぼ仏教の話だった。不老とかなり大きく出た
竹中さんに「これ便利ですよ」と言われた呪い(まじない)完全マニュアル。取材後、購入。
ギックリ腰を治す呪い。苦情が来てないから効いてるんじゃないかと言っていた。
オカルト本も国書刊行会が強いジャンルである
ただ、前書きが読めない

ちなみにオカルトは詳しい編集者がいないためにストップしているそうである。

樽本「もし社会性のあるオカルト好きの人がいたら社員に応募してください」

とのこと。ただし昔は入って1年は倉庫勤務だったそうです。


話を聞いてて嬉しくなった

国書刊行会が出版している本は珍しくて面白いが、出版以外のビジネスも扱っている商品も面白かった。まさか住職専用の傘を売っているとは思わなかった。しかも名前がジャンボくんである。

それをふたりとも楽しそうに話をしてくれた。売れたんですか?という不躾な質問に対しても「全然売れなくって」と気さくにこたえてくれる(もちろん売れてる本もあります)。

しかしなんだか全体に親近感を持つインタビューであった。

とりあえず取材後に呪い(まじない)完全マニュアルを買ったのでそれをマスターすることにします。

編集部。これぞ編集部という景色

リンク:国書刊行会ホームページ

 
 

 

 
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