飴って何の意味があるんだろう
この後、友人たちにも「飴ってどこにあるんだろうね?」と訊きまくったんだが、
・マッサージ店にある
・美容院に、ある店もある
・飛行機の中ではくれる
・生命保険の勧誘の人がくれる
・中国やトルコの結婚式では、皆に配るらしい
・政治家が演説中に、配ってた(←いいのかな?)
こんな意見を頂いた。
要するに…。
・暇つぶし
・お祝い、おもてなし
なんだろうけど、共通点は
・子供の手の届くところには、ない
ということだった。
街で飴をもらえるのは、基本的に、大人だけなのだ。
子供は、飴に対して自分を制御出来ないから、やっぱり簡単に貰えない。
(私も昔、ファンタオレンジが好きで好きで、何リットルも飲めたらいいなあ、と夢見たことがある。今は飲んでもいい立場だけど、全然飲みたくない。残念だ。)
飴は大人にとっては、微妙にマヌケな、やすらぎグッズだ。
不動産屋さんなんて、大きなお金の動く、緊張しなきゃいけない場所に置いてあったのは、きっと、空気を和らげるためだったんじゃないのかなあ…と思う。
不況だからって、飴をなくしちゃいけない。むしろ飴は増やすべきなんじゃないだろうか?
もちろん、舐める側に強制する形ではなく、そっと置いてある、っていうだけでいい。飴が嫌いな人だっているし、食餌法的に、食べない人もいる。
でも必要なのは「飴が置いてあるような、場」だ。
あの無駄さは、必要なんじゃないかなあと……こっそり思うのは、私だけなんだろうか。うーむ。 |