残業で終電を逃し、タクシーで帰宅することになったある日。職場の近くの駅前に、夜になるとタクシーが行列を作っているのは知っていたので、仕事で疲れた重い足取りで歩いて行くと、そこにはぴかぴかのボディーに色とりどりの灯りがずらりと並ぶ、なんだか夢の世界のような光景が広がっていました。
(萩原 雅紀)
タクシーの行列がかっこいい
テレビなどでは「不況の象徴」とか「眠らない都市」といった場面で使われる、夜のタクシーの行列。少し大きな駅前ならどこでも見られる、そんなありふれた光景が不意にかっこいいと思えてしまいました。
でも、それは仕事疲れでぼんやりした僕の頭が勝手にフィルターをかけて、日常の景色をきらびやかな姿に変えて脳内にインプットしただけかも知れない。
そう思って、確認の意味も込めて、いくつかの駅前のタクシープールをまわってみました。そしたら、これがかっこよかったんですよ。
白や黒、そして黄色の車体が入り乱れながら整列していて、それぞれが屋根上にカラフルな標識を灯している。ぼんやりと薄暗い中、「空車」と表示されたLEDだけが妙にくっきりと浮き上がっている。動物のキャラクターが手を振ってくれるわけでもないし、派手な音楽も流れていないけど、これはとても身近なエレクトリカルパレードだ。
そう思いました。
前から見ればヘッドライトが列をなし、後ろから眺めればテールライトが連なる。ドライバーが一日を共にする仕事道具はぴかぴかに磨かれ、町の灯りやまわりのタクシーの光を反射する。まるで熱したバターのように溶けるテールライト。そんな光景を見ていると、ぼんやりとした頭はますます回転が遅くなって、僕の意識を現実の世界から遠ざけていくような気がします。
タクシープールの作法
しばらく観察していると、ただのんびりと客待ちをしているように見えるタクシープールの中にも暗黙の秩序があって、誰ひとり掟を破ることなくスムーズな流れができていることが分かりました。つまり、たとえば3列で待っていたら、それぞれの列の先頭が順番に客を乗せて出発して行くのです。商売に直接関わる部分だけあって、きっとドライバーという仕事のいちばん基礎で学ぶ事柄なのでしょう。
いったい日本には何台のタクシーが走っているんだろう、と思いました。この駅の、しかもいくつかある出入口のひとつだけで、これだけのタクシーが客を運ぶために並んでいる。つまりそれはドライバーひとりひとりの人生も運ぶために並んでいるのです。こんなにカラフルに。こんなにひっそりと。
ここはいま大規模な工事の真っ最中で、有名な赤レンガの駅舎もまったく見ることができませんが、タクシーの行列はそこら中で見ることができます。タクシープールの規模は、日本の玄関口の駅前にしてはやや寂しい印象がありますが、地上の出入口だけでなく、地下街から上がってくる階段付近すべてがタクシーの客待ちスポットになっているようで、少し視点を引いて周辺に分散して客待ちしている台数を数えたら、やはりケタ違いの数のタクシーが集まっていました。