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フェティッシュの火曜日
 
写真をおかずにめしを食う


パンvsごはん

ごはんの近くによく似たものが

一番シンプルな食べ物と考えて、パンとごはん、さあどっちがごはんに合うか!?ごはんがごはんに合うって意味がわからないけど、どうなんだ!


ごはんすごい!安心だごはん!

すっごい脳が安心してる!!

朝食べてきたのでイメージしやすいパン。小麦の香りが鼻からぬけてもふっとかぶりついたら次にくるのはパサッで牛乳ちょうだい。よし、完璧。しかし歯ざわりのもちもち、噛みしめたときの甘みはもちろんごはんであり、「なにくそ」「負けるもんか」という根性食感。

対してごはん!もう「!」をつけてしまったが、視覚と口に入れてるものが一致してる安心感ったらない!脳が休まる休まる、休まってしまう!

うまいとかまずいとかではない、すげーリラクゼーションだごはん。殺伐としたオフィス街にごはん屋ができる日も近いぞ。と思ったらすでにある!

 


おいしくなさそうな写真

器に名前だけが入った朝定食、暗いオードブル、そして左下は病院食!

いままではおいしさを追求してきたわけだが、逆に振ってみよう。いまひとつ食欲のわかないものをそろえてみた。


「概念」定食は大阪の九条で発見

想像をかさねると虚しさも二倍に

「病院食」という言葉には暗いイメージがつきまとうが、基本はよくある定食写真なので視覚に集中するとおいしく食べられる。

問題は概念定食だ。むずかしいよこれは。「みそ汁」という文字と器から味噌汁を想像してさらに頭の中で味を想像、めしをかっこむ。なんせ元が概念。

想像の扉が二枚あるのだ。ここをこじ開ける途中で心が折れてしまう…しかもその折れ方というのも「これめしじゃん」に加えて「みそ汁って書いてあるだけじゃん」の二倍返し。

むなしさも二倍に。めしの基本的な甘さが空疎に感じる。

 


いい写真であればなんでもいいかも?

団地とダムの写真を当サイトの記事から引っ張ってきた

今、手元にめしがある。実感できる。もしかしたらなんでも舌で評価できるのではないだろうか?例えば今これは記事であるわけだが、当サイトの記事も全部ごはんに合う合わないで評価できるのではないだろうか?

と思って、ごはんから最も遠そうな巨大建造物記事の写真でごはんを食べてみた。


うーん…どっちももっとごはんに合うようにがんばったほうがいいと思うよ

ダムも団地ももっとがんばりましょう

なるほどダムもかっこいい。団地もかっこいい。だが残念。かっこいいのにごはんに合わないのが残念だ。かっこいいことはなんてごはんに合わないんだろう。だって硬そうだもん、なんか。

なら今後どうすればいいのか?門外漢の私がアドバイスするとしたら、もちろん無知を承知で言わせてもらうが、間違っているなら聞き流してもほしいし、ほんの思いつきだが、ダムにお味噌を塗ってみるのはいかがだろうか?

味噌ダムである。ぐっとめしとの親和性が高まることだろう。え?団地?じゃあそれもお味噌、お味噌。

 


Q.「じゃあお父さんとお母さんのどっちがごはんに合うの?」

何だって評価できるのなら父と母ならどちらがごはんに合うんだろうか?

何だって評価できるのならたとえば父と母の写真、どちらがごはんに合うんだろうか?

アルバムを見ててたまたま対称性が目についてピックアップしたのだが、両親が離婚しようとしてるときに「どちらがごはんに合うか」で名乗る姓を決めるという方法もなきにしもあらずだ。

もちろん二重否定は自信のなさのあらわれだが、父だって母だってめしに合ったらなんだかすてきじゃないか。


なんだか遠いところに来てしまった

A.「意外と父もごはんに合います」

「おふくろの味」という言葉もあるし、めしに合うのはそりゃあ母の写真だろうと思っていた。

ところが父もなかなか合う。第一この写真は父とめしを食っている。そういえば私の席は父の対面で、二十年以上もめし越しに父の姿を見ていたのだ。

「めし越しに父」ってなんだそりゃ、という思いがわくとすぐにただのめしに戻る。実家の煮物の味をランニング姿の父を背景に浮かび上がらせ、必死に味をつなぎとめるのだ。

 


二者択一はなんでもめしに合うかで決められるのでは?

パナソニックのビデオカメラとキャノンのデジカメ。毎日価格を調べてしまうほどほしい。

たとえば○×クイズもめしを持って参加して「めしに合うか合わないか」で答えを選ぶことも可能ではないか?それが本来の正解に合致するわけではないが、少なくとも自分なりに満足できるのではないだろうか。

個人的に今デジカメとビデオのどちらを買おうか悩んでいる(ほぼ願望だが)。だが違うカテゴリーの物なので比較しにくい。ならいっそのこと「めしに合うか合わないか」で決めてもいいのではないだろうか。

たとえばカメラを持って遭難して山小屋に非難、食料は米飯のみだが「このカメラはめしに合うので本当に買ってよかった!」こんなことにならないだろうか。


ウェディングドレス見ながら飯を食うのもかなりどうでもいい

脳が悲鳴を上げるほどどうでもいい

今日の企画は半ば脳だめしの様相を呈してきたわけだが、ここにきてついに脳がもうどうでもよさに悲鳴を上げた。

こっちは皮で、あっちはプラで。夏は蒸れて。と、なぜか両方とも持ち手部分の汗臭さだけが喚起するのだ。

これは脳がストライキを起こしているのではないだろうか。そして脳というものはストを起こすときに夏場の汗臭さをスローガンとして掲げるのではないだろうか。

食べ物ってこんなにうまいのか!!

ハンバーガー写真撮影のために実物を用意してたのだが、あふれ出る味の洪水!

一通り撮影しおえた後に、かばんの中に入っていたハンバーガーを食べた。これがあの普段悪態ついてたハンバーガー?ものすごいうまいが…そうか、味だ!味があるんだ!味!これが味!今までのすべてが無に帰るほどの力強さと複雑性、圧倒的なリアリティ。っていうかリアル。味ってすげえ。

「味やーー!」

海の宝石箱とか食のIT革命とかまわりくどいこと言ってないで、グルメリポーターの表現は今後全部これでいいんじゃないだろうか。

 
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