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ロマンの木曜日
 
たのしい肥薩線

特別な普通列車、「しんぺい」


吉松駅から人吉駅までは、通称「矢岳越え」と呼ばれる、この区間で最も厳しい勾配が続き、2カ所のスイッチバックと1カ所のループ線など、建設当時の最新の技術がふんだんに使われています。

この区間は1日5往復しか列車が通らず、そのうち2往復は特別な車両が使われる観光列車で、人吉駅から南下する列車には「いさぶろう」、吉松駅から北上する列車は「しんぺい」という名前がつけられています。由来は建設当時の逓信大臣である山縣伊三郎、開通時に鉄道院総裁だった後藤新平の2人から。

「いさぶろう・しんぺい」に使われている車両は「はやとの風」と似たイメージで、中央部の巨大な窓、外を向いているテーブル席もついています。外観は赤く塗られていて文字は黒。この組み合わせもかっこいい。


吉松では乗換え時間がなく撮れなかった「しんぺい」 内装は大正ロマンチックな感じ

ポイントは「いさぶろう・しんぺい」は普通列車というところ。「特急」が「特別急行」の省略形で、車両やスピードが特別、ということを表していることを考えれば、この列車は「特別普通」で「特普(とっぷ)」と呼びたいくらいです。もちろん客室乗務員のお姉さんも乗っています。

「はやとの風」とほとんど同じ顔ぶれで吉松を出発した「しんぺい」の最初の停車駅は真幸(まさき)駅。停車時間は3分ほどですが、駅舎では地元の方々がさまざまなお土産を売っています。そして、ここがこの列車最初のハイライト。


同じ名前だー! 2ショットではなくお姉さんに撮ってもらう強者


大きな地図で見る
スイッチバック駅です

「しんぺい」は地図下からやってきて、最終的には右上に抜けていくわけですが、ここは激しい勾配がずっと続いている区間。この路線が建設された頃の蒸気機関車は、途中で停まると後ろに引いている荷物の量によっては登れなくなってしまうことがありました。そこで真幸駅は平坦に造って、さらに平坦な引き込み線を駅の後ろに造り、駅に停車した列車は発車すると一旦バック、引き込み線に入り、そこからフルパワーで加速し、右上に向かってキツい坂を登っていったのです。

現在この区間を走るディーゼルカーは、坂道発進もできるほどパワフルでスイッチバックはまったく必要ないのすが、親切にも「しんぺい」はスイッチバックを贅沢に使って走ってくれます。


お土産屋さんの皆さんが手を振って見送ってくれる 先頭と後ろにカメラがついていて車内に映像が流れる
引き込み線にバックし終わると運転手さんが先頭に戻る まだ手を振って見送ってくれていた

スイッチバックで加速してせっかくキツい坂を登ったのに、「しんぺい」は少し走ると駅でもないところに停車してしまいました。

なんと、ここは「日本三大車窓」と言われているポイント。客室乗務員のお姉さんも説明してくれますが、目の前にえびの市の盆地が広がり、奥には霧島連山がそびえます。天気が良ければ桜島まで見えることもあるそう。確かに雄大で圧倒される景色です。でも「三大車窓」ってジャンル、よく思いついたなあと思いました。1分くらい停まり、ゆっくり動き出して矢岳駅に向かいました。


日本三大車窓、矢岳峠の眺め!

線路脇には親切すぎる看板が その車窓の下にはでかい砂防ダムが!これも景色に入れていいんですよね!?

矢岳駅には蒸気機関車の展示館があり、そのせいか停車時間が7分と、少し長めに設定してあります。駅舎も1909年の開業以来のもので、嘉例川駅や大隅横川駅のものと遜色ありません。

ただ、よく来ている風の人が見上げるなり「屋根瓦換えちゃったのか…」と呟いていたのは驚きました。


言われてみれば確かに瓦だけ妙に小奇麗な気も、言われてみれば

明治末期の瀟洒な駅舎 きっと長年この峠と戦った機関車なんだろう

ここが肥薩線の駅では最高地点、標高536.9mです。ちなみに次の大畑(おこば)駅は294.1m。つまり距離にして約10kmで250mも下るわけで、いかにこの路線が急峻な山の中を通っているかがお分かりでしょう。

それには理由があって、当時九州の玄関口だった門司港から八代まで線路が引かれていて、そこから鹿児島まで伸ばすことになりました。そのとき海沿いを走るルートも検討されたのですが、時は日露戦争前夜、海上から戦艦による砲撃で路線が寸断されないように、見つかりにくい山中を通したというのです。まさしくこの線路が「命綱」だったわけです。

そういえば、今まで通ってきた駅がどこも山の中で人気もあまりないような場所なのに、やたらホームが長いのが気になっていました。きっと、当時はここを長大な客車や貨車を引いた蒸気機関車がうなりを上げて行き交っていたのでしょう。


カーブしてまで長いホーム(霧島温泉駅) いま走るのは2両編成だけなのにこの長さ(真幸駅)

山の中を行き交う長大な客車、貨車。それはちょっと見てみたい光景です。

こんなのんびり走る観光列車がこれだけ人気あるのなら、「長大な客車や貨車がスイッチバックしながら登っていく様子」なんかが鑑賞できたらもっとたくさん人が来るのではないでしょうか。

そんなことを考えているうち、矢岳越え最後のハイライト、大畑のループ&スイッチバックが近づいてきました。ここでも下りの途中で列車がストップ。眼下に目をやると、大畑駅入口のスイッチバックのポイントが見えています。すごい、この距離でこの高低差を下るのか。ということは逆はこの高低差を登ってくるのか!


僕が図を書かなくて済むから助かるんですが ぐるっとまわるとあそこに出てくるはず

ここは本当にものすごい高低差で、「しんぺい」も慎重にブレーキをかけながら、そろそろと下っていきます。やがて大畑駅のスイッチバックに入り、進行方向を変えて大畑駅に到着。


ここもホームが長い 蒸気機関車時代の水タンク

こうして無事に矢岳越えを終え、終点の人吉駅に着きました。

終点に着いてから、「しんぺい」の「特普」ぶりがさらに明らかになりました。吉松から人吉まで、「しんぺい」は1時間15分くらいかかっているのですが、ここを一般の各駅停車に乗ると1時間弱で着くのです!普通の普通列車より特別に遅い、さらに「特普」度が増した気がします。でも楽しかった!

さて、人吉からは新八代まで特急「くまがわ」、新八代から博多まで特急「リレーつばめ」に乗るわけですが、人吉駅にあったかっこいい機関庫を撮っていたら日が暮れてしまい、写真が撮れませんでした。

「くまがわ」も「リレーつばめ」も「しんぺい」のような仕掛けはありませんでしたが、快適に博多に向かうことができたということを記して、写真に代えさせていただきます。

乗り鉄デビュー…なのか?

いろいろなものがスピードアップするなか、鈍行でのんびり、ときには停まって鑑賞というのは、ものすごく新鮮でした。

この流れは全国的に十分通用すると思うので、ぜひ各地のローカル線でこういった列車を走らせてもらいたいなあと思いました。

結局、新幹線に乗っていたら15時50分に博多に着いていたところ、回り道して博多に着いたのは21時過ぎでした。

こういうものを撮っていて時間が過ぎたのもあるんですが

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