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はっけんの水曜日
 
かますのめいれい

原題『По щучьему веленью』 ロシア民話

― 10年前のボクに捧ぐ ―

(作 アレクセイ・コンスタノビッチ・トルストイ 訳 藤原 浩一

むかしむかし、あるところにおじいさんが住んでいました。おじいさんには三人の息子がいて、上の二人は利口でしたが、三人目のエメーリャはばかでした。

*1

 

*1 マトリョーシカ
 19世紀末ロシア人修道士が日本のこけしを持ち帰ったものが元となったと言われるロシアの木製人形。
 

二人の兄たちは働きましたが、エメーリャは一日中ペチカの上で横になり、まわりのことなどちっとも気にしようとしません。

ある日、兄たちが市場に行ったとき、兄嫁がおつかいを頼みました。

「エメーリャ、水をくんできてくれないか」

 

 

エメーリャはペチカ(*2)の上で、

「めんどくさいなあ…」

「行ってきなさい。そうしないと兄さんたちが市場から帰ってきても、おみやげはもらえないわよ」

「うん、わかったよ」

エメーリャはペチカから降りると、靴をはき、服を着て、バケツと斧を持って小川に行きました。

エメーリャは氷に穴をあけ、バケツで水をすくってそれをおくと、氷にあいた穴を眺めました。すると穴の中にかますがいるのをみつけました。 エメーリャはかますをうまくつかまえ手で握ると、 「こいつでつくったさかなのスープはおいしいぞ!」と言いました。

すると突然、かますが人間の声で喋り出しました。

「エメーリャ、ボクを水に戻してください、ボクは君の役に立ちますから」

*2 ペチカ
こんな暖炉。熱を持った煙が、くねくね曲がったレンガの通路を通り抜けることによって、レンガ自体も暖かくなるという構造をもつ暖房器具。ロシアの知恵

 

*3

*3 かます

しかし、エメーリャは笑って言いました。

「どうやってやくに立つって言うんだ? だめだめ、家につれて帰るよ。  ねえさんにお前のスープを作ってもらうようにいうんだ。おいしいスープになるぞ」

かますはもう一度頼みました。

ここで出てくるのは寒い地方の川に住んでいるカワカマス。本当はもっと細長い。30cm以上あってけっこう獰猛な魚。もちろん喋らない。

 

「エメーリャ、エメーリャ、ボクを水に戻してください、ボクは君の願うことを何だって全部かなえますから(*4)」

「わかったよ、まずお前がおれをだましてないということを見せてくれたら、おまえを放してあげよう」

かますはたずねました。

「エメーリャ、エメーリャ、今何が欲しいか言ってごらんなさい」

「バケツがひとりで勝手に家に帰って、水を一てきもこぼさずに運んで欲しいな」

かますは言いました。

「僕の言葉を覚えてください。願いごとがあるとき、こう言うんです。

『かますの命令により、私の願いにより』 って」

エメーリャも言いました。

― かますのめいれいにより、わたしのねがいにより ―

 バケツよ、家にひとりで勝手に帰れ」

そう唱えただけで、バケツはひとりでに山に帰っていきました。 エメーリャはかますを氷の穴に放し、バケツを追いかけました。

バケツが村の中を行くと、人々はびっくりしてしまいました。 そして、エメーリャはおもしろがってくすくす笑いながら、そのあとを歩いていきました。 バケツは家に着くと、勝手に棚に収まりました。エメーリャはペチカに上りました。

それからどれだけか過ぎて、兄嫁はエメーリャに言いました。

「エメーリャ、何ごろごろしてるの? 薪でも割ったらどうなのさ」

「めんどくさいなあ」

「薪を割らないと、兄さんたちが市場から帰ってきても、おみやげはもらえないわよ」

エメーリャはペチカから下りたくありませんでした。かますのことを思い出し、こっそりと言いました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 斧よ、まきをわれ、まきは自分で家に帰って、ペチカに入れ」

斧は台から飛び出すと、外に出て薪を割りました。 そして薪はひとりでに家に帰り、ひとりでにペチカに放り込まれました。

それからどれだけか過ぎて、兄嫁はエメーリャにまた言いました。

「エメーリャ、薪がもう全然ないわ。森へ行って取ってきてちょうだい」

「じゃあ、それなら自分たちで行ったら?」

「自分たちで行けだって? 森に薪を取りに行くのが私たちの仕事だっていうの?」

「あー、めんどくさいなあ」

「ふうん、ならおみやげはナシね」

仕方がありません。エメーリャはペチカから下りると、靴をはき、服を着ます。 斧とロープを手に取り外に出て、そりに乗りました。

「ねえさん、門をあけて!」

兄嫁はエメーリャに言いました。

「いったい何をするの? ばかね、馬もつながずにそりに乗るなんて」

「馬なんていらないよ」

兄嫁は門をあけて、エメーリャはこっそり言いました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 そりよ、森すべってゆけ…」

そりは門を抜けて、馬には追いつけないほど速く滑って行きます。

でも森に行くには町を通らなければいけません。 だから、たくさんの人々を押しつぶしたり、はね飛ばしたりしてしまいました。 人々は叫びました。

「あいつを止めろ! あいつを捕まえるんだ!」

しかし、彼は気にもせずそりを飛ばします。森につきました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 斧よ、より乾いたまきを割れ(*5)、そしてまきよ、そりに乗って束になれ」

 

 

*4 何だってかなえる
ただし自分を助けることはできないようだ。

*5 より乾いたまき
乾いたまきの比較級。

 

斧は木を切り始め、乾いた薪を割り、そして薪は自分からそりに乗って、ロープに巻かれて束になりました。 そのあと、エメーリャは斧に、自分自身からこん棒を切り出すように命じました。そして、そりに座りました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 そりよ、家に帰れ」

そりは家路を急ぎます。 そしてまたエメーリャは、さっきたくさんの人々を押しつぶしたりはね飛ばしたりした町を走ります。 しかし、そこではすでに人々が彼を待ち構えていました。 人々はエメーリャを捕まえると、そりから引きずりおろし、怒鳴ったり殴ったりました。

エメーリャは、これはまずいことになったと思って、こっそり言いました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 さあ、こんぼうよ、こいつらを叩きのめせ」

こん棒は飛び出すと、ぼかぼかと叩きました。人々は一目散に逃げ出したので、エメーリャは家に帰ってペチカに上りました。

それからどれだけたったでしょうか、エメーリャのいたずらっぷりが王様の耳に入りました。 そして王様はエメーリャを見つけてお城につれてくるように、エメーリャの元へ家来を遣わしました。

家来は村に到着し、エメーリャの住んでいる家に入って、たずねました。

「お前がばかのエメーリャか」

エメーリャはペチカの上から言いました。

「おれになんか用?」

「早くついて来い。お前を王様のところへ連れて行く」

「え、めんどくさいなあ」

将軍は怒って彼のほっぺたを叩きました。

するとエメーリャはこっそり言いました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 こんぼうよ、こいつを叩きのめせ…」

こん棒は飛び出すと、家来をぼかぼかと叩きました。家来はやっとのことで逃げのびました。

王様は自分の家来がエメーリャを取り押さえてこられなかったことに驚いて、今度は自分の一番の家来を遣わしました。

「ばかのエメーリャを城につれて来い、あいつの首をはねてやるわ(*6)」

 

*6 首をはねる
直訳すると「頭を肩から取り去ってやる」となる。回りくどい。

家来はレーズンとプルーンとケーキをたくさん買って、村に行ってエメーリャの家を訪ね、 兄嫁にエメーリャは何が好きかを聞きました。

 

「うちのエメーリャは優しく頼まれたり、ステキなカフタン(*7)をもらう約束をしたりすると、きげんがよくなるの。 だからそうすれば、彼はお願い事を何でも聞いてくれるわよ」

一番の家来はエメーリャにレーズンとプルーンとケーキをあげて、言いました。

「エメーリャ、エメーリャ、どうしてペチカに寝ているんだい? 王様のところへ行こうよ」

「ここ、あったかくてさあ」

「エメーリャ、エメーリャ、王様は君が欲しければ食べ物や飲み物を何でも与えてくれるんだよ、行こうよ」

「めんどくさいなあ…」

「エメーリャ、エメーリャ、王様は君にステキなカフタンと帽子と靴を下さるんだよ」

エメーリャはちょっと考えてみました。

「うん、いいかも。じゃあ先に行っててよ、おれは後からついていくからさ」

家来が去って、しばらくペチカで横になって、そして言いました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

「おい、ペチカよ、王様のところへ行け」

すると、小屋の壁はバリバリと音を立てて割れ、屋根はぐらぐらと揺れ、壁が外れると、 ペチカは自分で家を出て、王様の城へと向かう道を進みました。

王様は窓からそれを見て、驚きました。

「不思議なこともあるもんだなあ?」

家来は答えました。

「あれはエメーリャがペチカに乗って王様のところへ来ているのです」

王様は城の入り口まで出てきました。

「いろいろとな、エメーリャ、お前にはたくさん苦情が出ているぞ!  お前はたくさんの人を踏み潰したそうだな」

「それは彼らが自分でそりの下にすべりこんで来たんじゃないの?」

そのとき窓から王様の娘のマリヤ姫がエメーリャのことを見ていました。 エメーリャは窓越しに彼女に気がつくと、こっそりと言いました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 マリヤ姫よ、おれのことが好きになれ」

そしてさらにこうも言いました。

「ペチカよ、家に帰れ」

ペチカはくるりと向きをかえると家に向かい、小屋に着くと元あった場所に収まりました。 エメーリャはまたごろごろしました。

そのころ、王様のお城では泣いたり叫んだり大騒ぎでした。 マリヤ姫がエメーリャを恋しがり、彼無しでは生きていけないなどと言い出って、 王様に、エメーリャと結婚させるようにせがむのです。 王様は困り果てて嘆き、そしてまた一番の家来にいいました。

「私のところにエメーリャを連れて来い、生きていても死んでいても構わん。 でなければお前の首をはねるぞ」

一番の家来は甘いワインと様々なごちそうを買って、村に行ってエメーリャの家に訪ね、彼に振舞い始めました。

エメーリャは食べたり飲んだりして、おなかいっぱいになると酔っ払って眠りこけてしまいました。

家来はエメーリャを馬車に乗せて王様のところまで運びました。 王様はさっそく鉄の箍(たが)がついた大きな樽を用意するように命じました。 そこにエメーリャとマリヤ姫を閉じ込めると、しっかりタールを塗って、海に投げ込んでしまいました(*8)。

 

*7 カフタン
中東地域の民族衣装。腕の部分がゆったりしてるらしい

たぶんこんなの。あくまでたぶん。
*8 タールを塗る
水が染み込まないようにするため。

それからどれだけか経って、エメーリャは起きました。あたりは、真っ暗で窮屈です。

「おれはどこにいるんだ?」

すると誰かが答えます。

「心細くて、気持ち悪いわ、エメーリャ。 私たちはタールを塗られた樽(*9)に詰められて、漆黒の海に放り出されたのよ」

*9 タールを塗られた樽
予期せぬダジャレ。

「っていうか、あんた誰?」

「私は、マリヤ姫よ」

エメーリャは言いました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 あらあらしい風よ、たるを乾いた海岸の、黄色い砂の上に運んでくれ…」

激しい風が吹きました。海は荒れ、樽は乾いた海岸の黄色い砂の上に着きました。 エメーリャとマリヤ姫は樽から出ました。

「エメーリャ、私たちはどこに住んだらいいの? どんなのでもいいからここに小屋を建ててよ」

「めんどくさいなあ…」

王女はもっとせがみ始めたので、エメーリャは言いました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 屋根が黄金でできた、石造りの宮殿よ、建て」

*10

*10 おれが考えるロシアの宮殿

彼がそう唱えただけで、屋根が黄金で石造りの宮殿が建ちました(*11)。 庭は緑に囲まれ、花は咲き乱れ、鳥がさえずっています。

マリヤ姫はエメーリャを従え、宮殿に入って、窓辺に腰を下ろしました。

*11 屋根が黄金で石造りの宮殿
石造りなのに屋根が黄金って危ない気がする。

「エメーリャ、ところであなたイケメン(*12)になったりはできないの?」

こんどはエメーリャはあまり考えずに、言いました。

「―かますのめいれいにより、わたしのねがいにより―

 おれよ、優しくて若々しい、絵に描いたようなイケメンになれ」

 

*12 イケメン
英語にすると"fine person"にあたる言葉だったのでイケメンとした。

するとエメーリャはどんなおとぎ話にも語られず、どんな文章にも書かれないようなイケメンになりました(*13)。

ちょうどそのとき王様が狩りをしに来て、それまでは無かった宮殿が建っているのに気付きました。

「私の許可無く私の領土にこんな宮殿を建てたのは、どこの不届き者だ?」

そこで誰がこんなことをしたのか調べるために使いを出しました。

使わされた家来たちは、宮殿の窓の下に立つと質問しました。

エメーリャは彼らに答えて言いました。

「王様に私のところへ客としてやってくるように申し伝えてください。そしたら話してあげましょう」

王様はエメーリャのところへ客として行きました。 エメーリャは王様を出迎え、宮殿を案内し、テーブルにつきました。 宴会がはじまり、王様は食べたり飲んだりしましたが、別に驚きはしません。

「で、貴方は一体どなたですか? 親切な人よ」

「あなたはばかのエメーリャを覚えていますか? あなたのところにペチカに乗ってやってきて、 あなたが命令して娘と一緒に樽に詰め込み、 海に放り出した男のことを 。私こそがそのエメーリャです。 私が望みさえすれば、あなたが支配するもの全てを焼き払うことだってできるんですよ」

王様は激しくおびえ、許しを請い始めました。

「どうか私の娘と結婚してくれませんか、エメーリャ、私の王位を継いでください。 どうか命だけは許して!」

こうして国中で盛大な祝宴が行われました。エメーリャはマリヤ姫と結婚し、国王として国を治めることになったのでした。

ここでお話はおしまい。最後まで聞いた子、おりこうさん!

*13 そういうことなのでイラストは描けない。

あとがき(*a

 

*a あとがき
書いてみたかった。

 といわけで、ロシア民話「かますのめいれい」をアレクセイ・コンスタノビッチ・トルストイ(*b)っていう人が書いたヤツの翻訳だ。 *b アレクセイ・コンスタノビッチ・トルストイ
この人は「おおきなかぶ」の作者で、「戦争と平和」の作者とは別人。
 出会いはおよそ10年前(*c)、僕が小学生だったときに、教室の本棚においてあった本(*d)。当時、「すごく面白い!」と思って読んだんだけど、それ以後この本に再び出会うことも無く、この話を知っている人にも出会わずに過ごしてきた。長い間「もっとみんなに知られればいいのに」と思っていた。

*c およそ10年前
正確には11年前。

*d おいてあった本
当然日本語で書いてあった。

 ところが先日、ロシア語で書かれた元の文章を見つけたので、訳してみようと思ったわけだ。辞書やら教科書やらひきながらなんとかやってみただけなので、間違っている部分ばかりなはずだが。そこのところよろしく。余計な注釈も多くてすみません。(*e) *e 余計な注釈
すみません。

 しかしまあ、エメーリャのぐうたらさや、やり放題っぷりに対してペナルティがまるで無いあたりは素晴らしい。民話にも関わらず何の教訓も含まれていない話にワクワクするのには、昔も今も変わらない。ロシアっていいな。

 さてさて、「もっとみんなに知られればいいのに」という10年越しの願望は、達成されたかな。せっかく訳したので、もっと広めてもらえれば幸いである。

 こんなところまで読んだ子、ごくろうさん。

2006年6月 ロシアの隣の島国にて

 

 

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