大体の人は「凍った缶コーヒー」と答える
この問い、イメージと現実の答えが違うので、いい授業のネタになるのだ。
大体の人は「凍った缶の方が速い?」と考える。
たしかに中身が液体でたぷーんとした缶より、中身が凍ったシャキーンとした缶の方が、しゅばーーーっと転がっていきそうだ。
答えた理由で一番多いのは、「中身が安定するから」
似た問題で「ゆで卵と生卵、速く回転するのはどっち?」というのがある。
これは実際、ゆで卵の方が断然速い。
これはたしかに、生卵の中身が不安定だから
そんなわけか、凍った缶の方が速く転がると考えがちだ。実際、物理や数学を専攻した人に聞いても、「えーと、凍った缶ですか?」言われることがよくある。
編集部から「缶、転がしませんか」との誘い
そんな折、編集部の安藤さん(理系)から、お誘いが来た。
「加藤さん、凍った缶を転がす実験やりましょう!」
確かに興味がある。
熱い缶の方が速いと知っていても、実際にやったこと無いし、イマイチ納得していないところであった。
だいたい物理なんて、大きさの無い質量5㎏の点Pとか、謎の仮定ばかり持ち出す教科である。
あと川の流れに向けて、謎の小舟を漕ぎ出す人も多い
ぜひとも真偽を確かめに実験してみたいところだ。
道具は全部、安藤さんが用意してくれるとのことで、僕は行くだけでいいという。
これは助かる。
そして、なぜかこうなった。
笑顔でタキシードを差し出す安藤さん
やー、どうもお疲れ様です!
蝶ネクタイをつけて現れた安藤さんは、僕にタキシードを差し出し、着るように言った。僕は思わず質問する。
「あの、凍った缶を転がす理科実験ですよね?」
安藤「やー、実はこれキリンファイアとのコラボ企画なんですけど、先方に『坂で缶を転がしたい』って言ったら『大事な商品なのでちょっと…』と大人の返しをされまして。
で、タキシードを着てレッドカーペットの上を転がしますので、ってことでOKもらったんですよ、早く着替えてください」
※注:たとえタキシードを着ていても人の迷惑になるところで缶を転がすのはやめましょう。
なるほど、それでレッドカーペット。
多少、腑に落ちない。
まごまごしていたら安藤さんが、「世の中にはタキシードを着たくても着られない人だっているんですよ!」と迫ってきた。
子供に無理やり勉強させる理由か。
ここは覚悟を決めよう。
晩餐会にも行けるし、むしろレベルアップかも。
実験の準備をしながら、安藤さんに聞く。
「缶を転がす企画なんて、どうやって推したんですか」
安藤「熱いコーヒーが速く転がるという現象が、『ファイア』という商品名のイメージにぴったりです!、と先方に推しました」
そんな推し方、ありなのか。
しかし熱い缶が速く転がる、という物理現象が社会で役に立つ日が来るとは思わなかった。
熱いファイア缶は理論通りに速く転がって、物理が役立つことを証明してくれるだろうか。
♪速く転がれ、ファイア缶!(サルかに合戦風に)
しかし一つ心配がある。
「これ、もしも凍った缶の方が速く転がったらどうするんですか」
安藤「そのときは『実験をしている場の空気も凍った』とか書いて、記事は面白く締めちゃってください。加藤さんなら何とかなりますよ」
何とかならない。
恐ろしい人だ。
中学校でfireという単語には「会社をクビにする」という意味もあると習ったが、実験に失敗したら安藤さんがfireされないか心配である。
♪一人の会社員の人生が懸ってるぞ、ファイア缶!
しかしもはや乗りかけた船、粛々と進めたい。用意したのは二つの缶コーヒーである。
一つはアツアツの缶、もう一つは冷凍庫で中身を凍らせた缶
カチカチのアイス缶コーヒー。
※注:記事ではあくまで実験用に缶を開封して凍らせています。缶を凍らせたり再加熱すると破損するおそれがあるので避けましょう。
さあ、では満を持して実験してみましょう!
レッドカーペット準備OK!
何度やっても速く転がる熱いコーヒー!
すごい、理論通りだ!
何度転がしても熱い缶が速く転がり、凍った缶は遅くなる。
特に差がつくのはスタートダッシュ。
前半に大きく引き離し、そのまま大差をつけてゴールインしていく感じだ。
ゴール後、達成感に浸るファイア缶。
念のためもう一種類、表面に凸凹が無いタイプの缶でも実験してみた。
アンティオキア、という古代文明のような名前のコーヒー。
やっぱり熱い方が速い!!
こちらも理論通り!
凸凹つきの缶より少し差は縮まるが、やはり熱い缶の方が必ず速く転がる。
科学理論の勝利が安藤さんの人生を救った!
さて、ではなぜ凍った缶コーヒーより、熱い缶コーヒーの方が速く転がるのだろうか。
実験に使ったコーヒーをいただきながら、スタッフが解説しましょう!
いちおう二人とも理系学部出身です。
液体のコーヒーは、斜面を「滑っている」
じつは液体の缶が転がるとき、中身のコーヒーはほとんど回転してない。
外側の缶自体はころころ転がっているが、中身の液体は回転せずに、斜面をむしろ「滑り落ちて」いく。
それに対して凍った缶が転がるときは、中身も一緒にごろごろと回転してしまう。
中身と缶が一体化して回転。
同じ重さの缶なので転がるエネルギーはいっしょだが、凍った缶はエネルギーが中身の回転にも使われてしまう。
よって中身が回転しない分、熱い缶コーヒーの方が強く加速して斜面を滑り落ちていく。
(用語で言えば、位置エネルギーの分配の問題。)
加速した商品を守るため、さらなる勢いで加速する担当編集。
でも缶の中に液体がたぷたぷしてたら邪魔じゃないの?、と思う人も多いはず。
それも間違いではない。
2つの缶が最初から転がっているとしたら、凍った缶の方が、液体の熱い缶よりも遠くまで転がる。
なので、液体のたぷたぷ感も邪魔しないわけではないが、最終的には液体が回転しないメリットが斜面の実験では上回る。
(理系が集まってこの辺のことを話し始めると、止まらなくなる)
やっぱり熱い缶は速く転がる!
というわけで科学理論どおり、熱いファイア缶はスピーディーに坂を転がり、安藤さんの会社員人生をつなぎとめた。皆さんも話の小ネタにしてほしい。
ただ問題は、理系知識に自信のある上司が会話に入ってきて、全力で間違えたときだ。あれは気まずい。
会社員としては缶の転がりの速い遅いより、うまい話題の切り返しかたのほうが人生に大切かもしれない!