絶対音感が欲しい、と思っていた。
絶対音感をもっていると、楽器の音はもちろん、冷蔵庫の音や赤ちゃんの泣き声など、ふだんはあまり意識しないような生活の中の音も、ドとかレとかの音階として感じられるらしい。なんて面白そうなんだ。
というようなことを、@ニフティBBフェスタ東京会場の打ち上げでお会いした、テトラプルトラップFこと川島蹴太さんにお話ししたところ、さらっと
「ぼく、絶対音感ありますよ」
と返されてしまった。まじですか!
というわけで、今回は川島さんにご協力をいただき、生活の中の音をむりやり楽譜にしてみました。
(text by 三土たつお)
まずは町にでてみる
さっそく川島さんと待ち合わせの約束をした某駅前商店街へ。
候補となる音を探しながら、絶対音感についていろいろとお話を伺う。思春期のころは、まわりの音がいちいち音階に聞こえるのが気になって、なんでこんな能力を持っているのかと悩んだこともあるという。
よく言われることだけど、人と違う能力を持つのは、たしかに楽しいことばかりでもなさそうだ。
踏み切りを発見
しばらくすると、某私鉄にかかる踏み切りを見つけた。遮断機の「カンカン」と鳴る音は、いかにも音階という感じがするから、手はじめとしてはなかなかいいのじゃなかろうか。
というわけで、さっそく川島さんに音を解析していただいた。
楽譜に起こす
―踏み切りの音、いかがなものでしょうか。 「(聞きながら)基本はドとミなんですけど、微妙に2ヘルツくらい高くて、オーケストラチューニングになってますね。」
―オーケストラチューニング? 「ええ。ふつうはA(ラ)を440ヘルツとするんですけど、442にして録ると、その曲ぜんたいが明るく聞こえるんです。で、その明るさが出てる。」
―明るさが出てますか!(笑) 「ええ(笑)」
というようなやりとりを経て完成した、最初の楽譜がこれ。
右側の繰り返し記号のところに「電車が通りすぎるまで」と指示されているところに注目して欲しい。
演奏家に対する、わかりやすく具体的な指示。楽譜を書く姿勢として見習いたい。
あらかじめ録っておいた音をきいてもらう
こんなかんじで、いろいろな音をかたっぱしから楽譜にしていくわけだけど、単に音を探して歩き回っているだけだと効率が悪いし、なにより川島さんのスケジュールもある。
そこで、近所のファミレスに場所を移し、ぼくの方であらかじめ採集しておいた音を聞いて、楽譜を書いていただくことにした。
妙なお願いにもかかわらず快く承諾してくださる川島さん。真剣に音を聞いてくださるのはいいのだけど、素晴らしい能力をこんなあさってな方向に使ってしまっていいのか、という気もする。
いや、ぼくがお願いしたわけですが。
エレベータの到着音はどうか
録っておいた音のなかには、
「コピー機がコピーするときの動作音」
のような、どう考えても楽譜にできっこないようなものもまじっているのだけど、まずは分かりやすいところから入っていくのがいいんじゃないかと思う。
というわけで、次に聞いていただいたのは、エレベータが到着するときの音。ピンポーンという、あれです。
(左の「きいてみる」をクリックしてお聞き下さい)
例によって解析
「これはふつうにソ、ミ♭ですね。フェルマータ(延長記号)とかつけちゃいますか?」 ―ええ、いいですね。そういうディテールに凝りたいです。
「演奏の指示のところはどうしましょうかね」 ―ぶじ6階についた喜び、みたいなのはどうでしょうか。 あの、ニフティの会議室が6階にあるんです。
「なんですかそれ、内輪受けじゃないですか」 ―ええ、だめですね。
というような感じで作られたのが、次の楽譜。 フェルマータ(右端の記号)は、特に意味はない。
次は救急車
というわけでどんどん進めていく。
次は、普段よく耳にするわりに、いざ聞こうとするとなかなかめぐり合わない救急車のサイレンの音。
あの「ピーポーピーポー」の音階はどうなっているんだろうか。
こういういかにもメロディっぽい音は、川島さんの耳にかかるとあっというまに音階に変換されてしまう。
答えは、シ、ソの繰り返しらしい。 どんなことにも、日々発見がある。
おごそかな教会の鐘も
次は東京の上智大学の隣にあるカトリックの教会の鐘の音。
事前に調べたところ、朝7時のミサの前に鐘を鳴らすらしい。というわけで、めずらしく早起きして音を録ってきたのがこちら。
ガラーン、ガラーンと、いかにも西洋の教会の鐘っぽい音がする。
「これ、朝7時に録りにいったんですか」 ―そうなんですよ、眠いのに。
「はは、大変だなあ。これ、一番メインで鳴っているのはフォルテッシモですね。倍音はピアノ・・いやピアニッシモにしましょう」 ―なるほど、ミがメインで、ドとソの倍音が聞こえるわけですね。
「ええ、CM7(シーメジャーセブンス:ド、ミ、ソ、シの和音)です」
というわけで出来上がった楽譜がこちら。倍音の分、縦にのびて重厚な感じがする。
ここまでは序の口
ここまでは、いかにもメロディっぽい、人工的な音を取り上げた。
こういう音の場合、川島さんはほんとうに一瞬で音階を言い当ててしまう。そのうえで、この音は本当のラより2ヘルツ高いというようなことを指摘する。
川島さんのポテンシャルを持ってすれば、こんな音はまだまだ序の口といったところなのだろう。
というわけで、次はもうちょっと難しいところに行ってみる。
すなわち、人工でない自然の音、その中でも動物の鳴き声を聞いてもらうことにしよう。