ときどき、いまがいったい何月かわからなくなることがある。
たしかに外は猛暑で8月であることを実感させられるが、電車や会社にいる限り、一年じゅう温度は一定に保たれているし、緑が少ない都会では葉の茂りぐあいから季節を感じることが難しい。
ならば、真夏だって冬の写真を撮ることはできるんじゃないだろうか。(林 雄司 )
その1 お台場
お台場は人工の砂浜だ。フェイクの砂浜でフェイクの写真を撮ってもおかしくなかろう。
海とはいえこの直線的な景色。季節を感じるのは人々の服装だけだ。服装さえ冬にすれば冬の写真になるのではないだろうか。
どうだろう。しばれフェスティバルのために買ったダウンジャケットを引っ張り出してきた。
かなり冬なんではないだろうか。やや日差しが強いのが気になるが、冬にだってこういう日はあるものだ。
大事なのはいまは冬だと思い込むことだ。敵を欺くにはまず味方から。
「いまは冬だ」 「今年もいろいろあったがあっというまだった」 「オリンピックのテレビを見ていたのがまるで昨日のことのようだ」
感慨にふけってほほを静かに涙がながれる。あ、汗か。とにかく冬だと思い込む。久しぶりに着たダウンの感触が冬を思い出させる。いまは冬だ。年の瀬だ。
まわりの薄着の人がどうかしているような気がしてくる。
どうかしているのはお前だ。
この日も東京は35度ぐらいあったのだが、ダウンはあんまり暑くなかったのが発見だった。通気性がいいのであまり熱がこもらない。
ホームレスの人で真夏でもダウンを着ている人をときどき見るが、見た目ほど暑くなかったのだ。知らなくてもいい知識をまたひとつ身につけた。
場所のイメージが冬っぽいところにこの服装で行けば完璧なのではないか。冬のイメージの場所、お寺…、とりあえず浅草に移動します。