いつものイタリア料理店で
パーマを日本に持って来た、アーデン山中豊子先生は今年で御年95才。明治、大正、昭和、平成と業界の第一人者として美容の世界を牽引してきた。
有楽町にある先生のお店「アーデン山中美容室」には、95才になった今でも毎日欠かさず足を運び、お客さんの相手やスタッフの面倒をみている。
午後2時、アーデン先生のお話を伺いにお店に顔を出すが先生の姿はない。
「いつものイタリア料理店でお待ちしてますから」
お店にいたスタッフが僕を近所のイタリア料理店まで案内してくれた。
「先生はいつもこれくらいの時間にはこのお店で過ごすんですよ」
イタリア料理店までの道すがら、スタッフが説明してくれた。
天気がいい日は、銀座をブラブラと散歩する日もあるという。
イタリア料理店に着くと、アーデン先生は入り口の目の前のテーブル席にチョコンと座っていた。
「私の話を聞きたいって?」
はっきりとした口調だ。とても95才とは思えない。
「はい、パーマの話とか、聞かせてもらえたら」
「ああ、そうかいそうかい」
先生はゆっくりと頷いた。
「あなたはテレビの人?」
「いや、コンピュータでデザインとかやってます」
「ああ、コンピュータを作る人?」
「いや、コンピューターでデザインを」
「コンピューターグラフィックですよ。シージー」
先生の隣に座っていた初老の男性が大きな声で先生に伝えてくれた。
先生は僕を見て、今度は黙って頷く。
「この人は建築会社の重役さんでね、この人のお父さんは私と同い年なの」
先生が初老の男性を僕に紹介してくれる。
「まあ、この人のお父さんもお母さんも死んじゃったけどね」
「いや、母はまだ生きてますよ」
男性が笑う。
「ああ、生きてたかい」
先生も笑う。
重役さんは、たまにアーデン先生に会いにやって来て、先生とのお話を楽しんでいるという。
「僕はそろそろ行きますけど、先生の話は長いから心して聞いた方がいいですよ」
そう言い残して、重役さんは店を後にしてしまった。
「世にも奇妙な物語」のタモリさんみたいだ。
「とりあえず何か食べなさい」
先生が食べ物を勧めてくれる。お昼ご飯を食べたばかりだったのだが、「イタリアのおもちがおいしいから」とオーダーを入れてくれた。
先生専用のメニューは英語表記になっていて、アメリカ生活が長かった先生は日本語よりも英語の方が得意なのだそうだ。
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