はっきりしない医師。
夜中に腰を強打した僕は「うー、うー」とうなりながら夜を越し、翌日近所の小さな整形外科を訪ねた。
医師は初老の男性で、横に居た看護婦は雰囲気からしてどうやら奥さんのようだ。レントゲン写真を眺める3人。
医師がおもむろに口を開く。
「あなたの腰はねー、ひどいね」
「……ひ、ひどいですか?」
詳しく状況を説明してくれるかと思うといきなりひどいと言われてしまう。
「あなた、これまで病院とか行った事ないでしょう?」
「あ、まあそうですけど……」
最悪の状況がよぎる。入院? 手術?
「まずね、これは今回のけがとは関係ないと思うけどあなたは生まれつき腰が悪くて、脊椎破裂っていう状況なのよ」
「セキツイハレツ? ナンデスカソレ?」
「名前だけ聞くと恐ろしい気がするけど日常生活には支障がないから。ただ疲れやすいってぐらい」
「破裂……ですか?」
「そう、脊椎破裂」
「それからね、どうもここがおかしいんですよ。折れてるんじゃないかな。(左の写真の赤い矢印)ほら、亀裂が見えるだろ?」
言われてみると確かにその部分に黒い亀裂が見える。正常に写っている骨(青い矢印)と比べるとわかりやすい。
「あー、こりゃざっくり折れちゃってるねー」
「ざっくり……ですか」
人の骨を美容院で散髪するみたいに言わないでほしい。前髪はざっくり切ってください、みたいな。
「今日はどうやってここまで来たの?」
「いや、歩いてですけど」
「歩けた? 普通ここまで折れてたら歩けないんだけどねー、背中向けて。ここ、痛い?」
鈍い痛みが背中に走る。
「痛いです」
「ま、ひょっとしたらたまたまレントゲン撮影で影が入ったのかもしれないから、まだ折れてるかどうかは断定できないね。たぶん折れちゃってるけど」
すると先ほどまでだまっていた看護婦(奥さん)が口を出した。
看護婦「いやあなた、これは間違いなく折れてるわよ」
医師「でもここまで歩いてきたって言うし、本人はわりとけろっとしてるから」
看護婦「だってこんなはっきり影が入る事なんてないわよ」
医師「うーん、確かになー」
僕「あ、あのー……」
医師「なんですか?」
僕「僕、折れてるんですかね、どっちなんですか?」
医師「まあ今のところは折れてても折れてなくても痛みがひくまでは治療ができないからとりあえず安静にしていましょう。お宅、お仕事は何?」
僕「ライターです。雑誌とかの」
医師「ああ、じゃあ働いても大丈夫だよ。腰が痛くなったら休憩を取るんだよ」
と、そこへ看護婦(奥さん)口を挟む
看護婦「だめよ、こんな状態で仕事なんて」
医師「そうかなー」
看護婦「(僕に向かって)働いちゃだめよ。安静にしてないと」
医師「(僕に向かって)いや別に構わないですよ。働いても」
僕「あのー、どっちなんですか? 働いても構わないんですか? 働いちゃダメなんですか?」
医師「まあ、あなたに任せます。一週間後ぐらいにまた来てくださいね。それから今後の治療を考えましょう」
任せますって、ずいぶんだなー。その後コルセットと湿布薬を支給された僕は肉体的にも精神的にも老け込んで帰ってきた。医師とその奥さんは患者(つまり僕)のレントゲン写真の撮影の仕方について口論になっていた。 |