ずいぶん前、飲みの席で「みんながふつうに食べたことがありそうだけれど自分は食べたことがないもの」の話になった。ギョーザとか、目玉焼きとかそういうもの。そこで私は「ステーキ」を食べたことがないことに初めて気づいた。肉が苦手なので食べたいとも思わなかったけれど、一度くらいは食べたことがありそうなものなのに。 意外なところで食べたことがないものややったことがないことってあるもんだなー、みんなやったことありそうだけど自分はやったことないことってあるかしら、などと考えていた今日このごろです。 で、ごまをすったことがないので、思う存分すってみました。ものっすごい唐突な誘導ですね。
(text by 田中あずさ)
手すりのごまVS市販のすりごま
今回めざすところは市販のすりごま。手ですったごまのほうが香りや風味がよく、おいしいのではないだろうか。そんな淡い期待を胸に、すり始めます。
初体験
いざ、ごますり。いざ、と言ってもすること自体に特に感動があるわけではなく、予想以上でも以下でもない。わたしはごまをすっている。ひたすらごまをする。それだけだ。
そういえば鉢を押さえてくれた人が、押さえながら寝てしまった。ほどよい振動と等間隔でごりごりとするリズムのせいか、心地良く眠れたそうだ。電車みたいだ。
目標達せず
2000回すったところで、これ以上すっても市販のすりごまにならない、ということに気づいた。あのサラサラのすりごまの姿はどこにもなく、すりこぎにこびりつくような湿ったペースト状のごまになった。「すったら油が出るんだから当然だよ」とは友人の弁。すりごまって、すってるんじゃなくて粉砕してるのか。
手すりのごま<市販のすりごま
手すりのごまはそれはそれでおいしかった。砂糖やバターを混ぜれば立派なごまペーストになるだろう。でも市販のすりごまのようなサラサラ状のものを使いたかったら、プロセッサーで粉砕もしくは買うほうがいいんじゃないかとさえ思う。
程よい加減にすればいい、ということなんだけど。
まとめと考察
ごまをすってもほしいものが手に入るわけではない。