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朝起きたら、家に帰っているはずの父がいない。おかしいなと思いつつもそのまま会社へ行き、一日を過ごした。夜、帰宅して玄関を開けて驚いた。ゴム臭い事でおなじみのエアーベッドがたたんであるのだ。一瞬どういう事か考えた。考えたけど答えはすぐにわかって、えーっ!!と大声で叫んでしまった。電気をつけて部屋の中を改めてよく見てみると、昨日僕が書いた餃子の書き置きの余白部分に、父からの伝言があった。
- 餃子うまかった!永い間世話になったが もう大丈夫なので引揚げる。床のふき掃じ 食料品の整理等しておいたがゴミ処理 等、あとはよろしく頼む。近々お母さんと 遊びに来れたら良いなと 思ってる。 それではさようなら。いろいろありがとう。 10/30 13:30 父より。 -
正直、泣きそうだった。何の相談もなしに急にいなくなるものか?無理にでも土日は家にいて、少しでも話をすれば良かったと後悔する。とりあえず冷蔵庫の中身を適当に料理して食事を済ませ、落ち着いたところで実家に電話した。その電話で、さらに驚くこととなった。
電話にはまず母が出た。突然帰ってしまったがどういう事だ、と尋ねると、父は東京のタクシー会社を辞め、地元のタクシー会社に戻るという。驚いたというか、急すぎるというか、僕の語彙では到底表現しきれないような衝撃だった。何でもいいから代わってくれと寝ていた父を起こさせて、父と話をした。
先週の水・木曜に実家に帰ったときにもう決めていた事らしく、今朝僕のアパートに戻ってきてなかったのは会社で辞める話をしていたからだと言う。その後、昼くらいにアパートにやってきて餃子を食べ、帰り支度をし、実家に戻ってからは地元のタクシー会社に連絡をつけ、それでさっそく明日から乗車できる事になったようだ。
なぜ突然地元に帰る決意をしたのかと問い詰めると、年金の額をよく確認したら思っていたより多かった事と、東京は稼ぎが多いと言ってもそのためにはかなりの苦労が必要なのがわかった事、この2つが理由のようだった。
その後、もう一度母と話をしたが、住み慣れない土地で仕事をするのは結構きつかったみたいよ、と言っていた。母にもろくな相談はなくて、全部父が一人で決断してしまったようだ。結婚してから35年間いつもそうやって一人で勝手に決断されてきたので、私はもう慣れていると、そうも言っていた。
空っぽだった冷蔵庫に今残されているのは、あじの開き、にんにく、アイス、チーズ、もち、魚肉ソーセージ、佃煮、あんずの缶詰、パイナップルの缶詰などだ。金曜の夜に父が来たとき、実家から食糧をあまり持ってこなかったのに驚いたが、そのとき父はこの生活を終える事を決断していたに違いないから、いろいろ持たせようとする母をどうにか言いくるめたりして僕の冷蔵庫を気にしてくれたのだと思う。
今思えば、その夜にケーキを食べたのが父と囲んだ食卓の最後だったわけで、なんとも皮肉だ。ケーキを持ってきたのは偶然だったかもしれないが、それが父にとってどんな意味だったのか、僕はただ、美味しいと思って食べてるだけだったけど。
父が寝ているはずの部屋を覗いてみる。しかしそこに父はいない。父がいなくなった部屋で一人になって思うのは、寂しいという事よりもかっこ悪い、という事だ。夜中に起きて台所で水を飲んでいても、隣で寝ている父に気を遣ったりして一人じゃないと思えていたものが、そこが空っぽだと、なんとも空しくなってしまう。また、自炊して大量の鍋物が出来てしまった時も、残しておけば父が食べるかなと考えていたものが、自分しか食べないんだとなるとやりきれない気持ちになる。説明がすごく難しいのだけど、なんというか、時間も空間も持て余しているという感じだ。憧れて始めたはずの東京一人暮らしだったけど、一人でいることがこんなにもかっこ悪いものだったとは今まで気がつかなかった。
お互いに気を遣って、ドタバタと料理をし、会話をするときは探り合いながら生活していたけど、それでももっと父と一緒にいたかったと願うのは、息子の勝手なわがままでしょうか。とにかくもうこれから、父は地元でタクシーを運転し、僕は相変わらず東京で仕事をがんばる。それだけの話です。
クラブ活動『父との生活』はこれで終了です。だらだら書いた長文にも関わらず今まで読んでくださいましてありがとうございました。 ( 2007/11/13 23:00:00 )
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