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ひらめきの月曜日
 
東京に残る江戸時代の石仏

色とりどり

これだけ一度に違う種類の石仏を見られるのはありがたい。
どれも灰色の石とが苔むした緑色をしているのだが、いくつもの色を使った絵画のように見える。


腕が折れているが仁王像だろうか

双体道祖神も
延宝の文字が見えるので1600年代後半か
鼻と唇のバランスがいい

ニョイリンニョイリン

この石仏の中には僕の大好きな如意輪観音もいくつかあった。


口元の線がロボっぽい
この姿勢で立て膝って結構疲れると思う
並んでほおづえ

ほおづえをついて、アンニュイな表情でたたずむ如意輪観音。
仏像なのにどうしてこんなにけだるいのか。
これが、木像などのいわゆる立派な仏像だと表情に哲学的な芸術性(よくわからないけど)が見え隠れするが、石仏の場合は、もちろんそういう表情も読み取れるのだろうが、それにもまして飛び込んでくるのが、シンプルなやさしさだ。
これは石仏を彫った人の感情なのだろうか。
石なのにやわらかさを感じる。

などと、如意輪観音の魅力を知ったかぶりして精一杯表現してみたが、なによりもまずほおづえをついたこのポーズと、簡単な線で表現された顔とのバランスが見ていて楽しいのだ。
まさにニョイリン・オブ・ジョイトイだ。
なにが「まさに」なのかはわからないが。


境内の別の場所にもニョイリン
元禄年間で1600年代終わりのものか

こちらは享保元年で1716年
これは寝てますよね

「ありがたい」という感覚

当サイトの性格上、ある程度くだけた表現をしてしまった部分もあるが、今回石仏を巡りながらいちばん感じたのは「ありがたい」という感覚だ。
いわゆる仏像のイメージからしてみるとどこか面白い表情の石仏に惹かれたのが始まりなのだが、どの石仏の前に立ってもまず感じるのがこの感覚なのだ。
僕は特定の信仰心を持ちあわせていないつもりだったので、この感覚は新鮮だった。
だからといって、僕に信仰心が芽生えたというわけではないのだが、きっとその石仏に数百年の間に関わってきた人たちの気持ちが、僕に「ありがたい」という感覚を持たせたのかなあなどと思った。

この日最後に見た石仏は布袋さまだった
これもいいお顔をしているなあ

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