ほおづえをついて、アンニュイな表情でたたずむ如意輪観音。
仏像なのにどうしてこんなにけだるいのか。
これが、木像などのいわゆる立派な仏像だと表情に哲学的な芸術性(よくわからないけど)が見え隠れするが、石仏の場合は、もちろんそういう表情も読み取れるのだろうが、それにもまして飛び込んでくるのが、シンプルなやさしさだ。
これは石仏を彫った人の感情なのだろうか。
石なのにやわらかさを感じる。
などと、如意輪観音の魅力を知ったかぶりして精一杯表現してみたが、なによりもまずほおづえをついたこのポーズと、簡単な線で表現された顔とのバランスが見ていて楽しいのだ。
まさにニョイリン・オブ・ジョイトイだ。
なにが「まさに」なのかはわからないが。 |