この馬のうしろにつながれてるのが…
北海道では、ふつうの競馬とは違った、独特の競馬が行われているという。名前をばんえい競馬という。普通の競馬は、みなさんご存じのとおり騎手が馬に乗って速さを競うわけだが、ばんえい競馬はちがう。馬は騎手を乗せたソリを引っ張るのだ。
そんな話を聴いて、最初は、あー犬ぞりみたいなやつね、と思った。しかし、どうも違うらしい。土の上だ。土の上を、しかも何百キロもある鉄のソリを引っ張って走るのだ。
まさに「馬力」。そんなばんえい競馬を見に行ってきました。
(text by 石川 大樹)
初めての競馬場
ばんえい競馬が行われている帯広競馬場へやってきた。冒頭で「普通の競馬とは違う」、なんて知ったふうに書いたけれども、実は僕は、普通の競馬を含めても競馬場に来るのは初めてだ。
ちょっと早く来すぎて、まだ第一レースまで少し間がある。競馬場内を散策してみよう。
するとすぐに目に飛び込んできたのは、これだ。鉄のソリ。実物だ。話によると、小さいものでも500キロ以上、大きなもので1トンある。だいたい軽自動車くらいの重さだ。
左の騎手の写真が乗っているが、これが実物大の人間。こんな巨大な鉄のかたまりを引っ張ってレースをするのだ。大丈夫なの?
と心配しているとスープをくれました。この方は後ほど登場します
馬の心配をしているうちに、いつの間にか第一レース開始の時間。場内放送を聞いてあわててコースに向かう。
まもなくスタート
外に出てみると、コースはまっすぐ直線のコースだった。スタートからゴールまで、全長200mほど。途中には小さいのと大きいの、2つの山があり、きっとこの山越えがレースの見どころなのだろう。
左の写真の右端がスタート地点。すでに出走する馬たちはスタンバイしている。まもなくスタートだ。
走り出す
ガチャガチャと馬具のぶつかり合う音を立てながら、一斉に馬が走り出す。この馬が、でかい。そして筋肉質。
日本輓(ばん)系という独特の品種で、体重はサラブレッドの2倍にもなるのだという。どおりで、いままでの僕の馬観を覆すような馬ばかり。
観戦の距離もけっこう近い。よく見れば馬の足の筋肉の動き、そして鼻息が寒さのせいで白くなっている様子まで、肉眼で見ることができる。
そして引いているのは、さきほど展示されていたソリ。繰り返しになるが、鉄製で600kg〜1トンにもなるのだ(レースによって違う)。しかも地面は雪ではなく、土。
太い足で一歩一歩、土を蹴りながら走っていく様は、戦車みたいな重厚感がある。
2つの障害物
直線のコースには2つの山がある。ひとつ目は小さい山、ふたつめは大きな山。馬はスタートダッシュの勢いで第一の障害(山)を越え、コース中盤まで一気にやってくる。そしてここで馬は…なんと止まるのだ。
第2の障害は傾斜が急なので、いくら体格のいい馬といえど、重いソリを引いて登るのは大変だ。そのため馬のペース配分のために、騎手がわざと一旦停止させるのだ。
このペース配分が、大切なかけひき。馬の特性や土の湿り具合、レースの状況により、「少しずつ小休止を繰り返して遅れないようにする」「障害物直前まで一気に突っ込み、坂の真下でゆっくり休む」なんていろいろな作戦を使い分けるわけだ。
「止まる」という静のかけひき。ここが普通の競馬とは違うところだ。そしておのおのの作戦で、ふたつめの障害物を越える!
第2障害を越えると、一気にゴールへ!と言いたいところだが、険しい障害を乗り越えた後、どうしてもバテて止まってしまう馬がいる。ここでもレースは一波乱だ。そんな馬を声や手綱でけしかけながら(ばんえい競馬ではムチを持たない)、ゴールへ向かう。そして…
覆される競馬観
1レース見てみての正直な感想を言おう。
普通の競馬を見たことがない僕が言うのもなんだが、これは競馬のイメージを覆す事態だ。この馬の体格、「わざと止める」という静の駆け引き、そして重厚な走り。
優雅な馬が高速で駆け抜けていく、あの競馬のイメージとは全然違う。確かにスピードはゆっくりなのだが、遅いという印象とはちょっと違う。なんというか、「力強い」のだ。