病院から見えた風景
入院中、食事以外にもう一つの楽しみがあった。 病院の3階にあるベランダでの喫煙タイムである。
病室から車椅子に乗ってエレベーターで3階に登り、ベランダに出る。
ベランダには沢山の盆栽が置いてあって、外に目をやると隣りの神社の銀杏が奇麗だ。風が吹くと銀杏の葉がヒラリと舞って、タバコの煙を吐き出しながらその葉の行方をずっと目で追ったりしていた。
仕事への焦りは日に日に募る一方であったが、不思議とこの屋上に出ると銀杏の行方に夢中になれるのだ。
「今日は一段と銀杏が奇麗です」
と自分のブログに書き込みそうになり、ふと我に返ったりした。
退院後、あの屋上から見えた神社の銀杏を近くで見たい、と思いついた。近くで見たらもっと奇麗なはずである。
まだ杖をつかないと歩けない状態ではあるが、古畑病院の隣りの神社に向かった。
あの銀杏を間近で見たい。
神社の鳥居をくぐり、境内に入った。想像していたよりもゆったりとした空間だった。境内の真ん中で、いつもタバコを吸っていた病院の屋上の場所を確認した。
あそこからこっちを見ていたのだ。
ベランダに誰か人がいないか、目をこらしてみた。
誰もいない。
僕がタバコを吸っていた時もそうだった。僕以外、タバコを吸いにやって来る人はいなかった。
辺りを見渡して、病院の屋上から見えた銀杏の木を探してみた。
これだ。 この銀杏の木がとても奇麗だったのだ。
しかし、
退院してから1週間も経っていないのに、奇麗だった銀杏の葉は、ほとんど落ちてしまっていた。
知らないうちに季節はどんどん進んでいく。
僕も早く元気にならなくては。
というわけで、入院した病院が偶然「古畑任三郎」の名前を生んだ病院だった、というレポートでした。
神社の帰り、古畑病院の前を通って僕が入院していた部屋を見上げたら、もう他の患者さんが入っていた。その人はここが「古畑任三郎」と関係がある事を知っているだろうか?
いや、そんな心配をしている場合ではない。
これから始まる忘年会ラッシュを、この腰でどうやって乗り切るか。 それが僕の直近の心配事である。
(おわり)