そばによると、船橋無線塔記念碑という記念碑があった。
どうも、この辺一帯は無線塔の名残として、このような形状になっているらしかった。この記念碑によると以下のことが書いてあった。
船橋無線塔記念碑に書いてあったこと。
・ ここにはかつて無線塔がそびえていた。
・ 大正4年(1915年)、船橋海軍無線電信所と呼ばれる場所ができた。
・ 大正5年にはハワイ中継でウィルソン大統領と大正天皇とで電波の交信が行われた。
・ これをきっかけに“フナバシ”の地名は世界地図にも書き込まれた。
・ 関東大震災では救援電波を出して、被災者を助けた。
・ 昭和16年には長短波用の大アンテナが完成。
・ 太平洋戦争時には真珠湾への突撃命令が発信された。
・ 昭和46年、解体される。以降はこの地は宅地化された。
ということだ。箇条書きで駆け足で説明したがご理解いただけたであろうか。僕は少しだけ腑に落ちた気がした。 |