「フォトモ」が好きだ。写真を切り抜いて貼りあわせて作るペーパークラフトのことだ。“フォト”の“模型(モデル)”だからフォトモ。提唱者である「非ユークリッド写真連盟」さんの本も出ている。
自分も何か作りたくなったが、街角の写真では真似しただけになってしまうので、こんな使い方を考えてみた。桜の花の咲くころに、一人暮らしを始める人たちへ―。
(乙幡 啓子)
実家ってどこもこんなもんだろう
最近実家に帰ったわけだが、まあ家の中はいつもの風景である。
せっかくの広いダイニングテーブルなのだが。その面積の1/3を、こまごました何かがひしめきあって占有してしまっている。面子はというと、ペン類から始まり、おなじみ「広告を箱型に折ったもの」や何かのチラシ・どこかの回数券・どっかでもらったメモ帳・文庫本などだ。
一挙掲載だ。ちょっとした国連総会である。にぎにぎしいったらありゃしない。
家中のありとあらゆるはんぱものが集う一画ができている。どうにもこうにも「実家っぽい」。
親に聞いたところ、それ用にまた収納を買いたくないからこうしているのだと。 まあ、収納だらけになるのがいやという気持ちもわからんではない。ないが。
また別の方向にも目を向けてみようではないか。
一見片付いているかに見える一画にも、スラムが存在する。
そりゃ、箱に「すっきり」おさまってはいるさ。いるけど・・・。やはりその中身に統一感はない。歩数計・ホンダでもらったアシモのマスコット・電池パック・ハンディ扇風機・カレンダー・ガム・・・。
でも君んちもそうだろう?こんなふうに親の収納術が活かされた一画があるだろう? そんな、人んち感あふれながらも妙にデジャブを覚える「実家詰め合わせ収納」を、フォトモにしてみた。